Int.35:仇敵、己が敵を知れば百戦危うからず

 そして週が明けた月曜日も早々に、今日もまた分厚い教本を使った座学の時間が始まる。

「さて、今の時間は西條教官が所用に出ていて不在なので、今日は私が座学を教えることになります」

 教壇に立った錦戸教官が和やかな声と温和な表情で言えば、A組教室内の空気は自然と和らいでいく。

「本日の授業内容は、ええと……そうだ、幻魔に関しての座学でしたね。今までもやって来た内容ですが、週明けですしざっと復習してから、次の内容に参りましょうか」

 そう言って、錦戸は教本の真ん中辺りのページを開かせると、先週の座学で西條が話していた内容をざっと復習し始めた。

「まず、我々の敵"幻魔"とは何なのか。……といっても、四十年以上戦い続けている我々でも、その正体は未だに理解していません。分かることは地球外を起源とした我々とは全く別系統の生命体で、我々との相互コミュニケーションは出来ず、ただ敵としてそこに居るということのみ。そして暑さには滅法強く、逆に寒さには極端に弱いという欠陥を抱えています。

 ――――それでは、折角ですから……。レーヴェンスさんにしましょうか。幻魔は冬期になると、どうなるか答えて頂きたい」

「分かりました」

 指名され、スッと立ち上がるのはステラだ。

「寒さに弱い性質がある為、休眠期に入ります。またシベリアの永久凍土や北極など、極寒の地では活動が不可能とされてますね」

「結構。百点満点の回答ですよ、レーヴェンスさん。座ってよろしいです」

 ニコニコと好々爺こうこうやめいた笑みを絶やさず言えば、錦戸は次に「そこで一つ、補足ですが」と言い、

「休眠期を狙って幻基巣げんきそう――――彼らの巣となる、四十年と少し前に地球に降ってきた落着物ですが、これを攻めればいいのではないか? という意見は例年よく訓練生諸君から質問を受けます。その為先に回答を提示しておくと、不可能に近いです。

 何故か? と聞かれますと答えは簡単で、確かに幻基巣の周囲一帯以外の幻魔は全て巣に戻ります。しかしそれは即ち、広域に展開していた幻魔が全て巣の中に寿司詰めにされているようなもので、例え幻基巣の周囲をなんとか奪還することが出来たとしても、肝心の幻基巣にはとても手が出せないのです。しかも休眠期が終われば、幻基巣から飛び出してきた無数の幻魔によって、逆にこちらがやられかねません」

 ついでですから、くだんの幻基巣についても復習しておきましょう――――。

 そう言って、錦戸はまた別の、今度は幻魔の巣・"幻基巣げんきそう"についての解説をザッと始める。

「幻基巣というのは四十年と少し前、正確に言えば四三年前ですか。1973年頃に、突如として地球の六ヶ所へほぼ同時に落着した地球外からの飛来物。それが幻基巣というものでしたね。

 落着したものは全部で六基。場所はメキシコ、オーストラリア、北アフリカ、モンゴル、サウジアラビア、そしてご存じ四国中央部。これらには国際コードが割り振られていますが、それは教本の一八二ページを参照してください」

 そう言われ、一真は机の上に広げた教本に視線を落とした。

 国連がそれぞれ幻基巣に割り振った国際識別コードは、今錦戸が言った順番でそれぞれG01~G06までとなっている。四国の物はG06で、殆ど誤差の範囲内だが、一応六つの内最後に落着した幻基巣ということになっている。

「現在の所、六つの内二つ……。G02・オーストラリアと、G05サウジアラビアの幻基巣に関しては制圧・破壊が完了しています。サウジアラビアが1987年のことで、オーストラリアは2006年のことです。またオーストラリア奪還作戦に関しては、我が国防軍も一部ですが参加していましたね。私と少佐……もとい、錦戸教官もこの奪還作戦に参加していました。懐かしいですね」

 VFM-303≪ブレイド・ダンサーズ≫――――。

 一真が思い出したその名は、今はもう無き伝説のTAMS機動遊撃中隊の名だ。そこの中隊長を嘗ての第十六次瀬戸内海防衛戦に於いて"関門海峡の白い死神"の異名を取ったスーパー・エース、西條舞依にしじょう まい少佐――――即ち今の西條教官が務めていたのは有名な話である。尤も、その副官だったのが、今目の前の教壇に立つこの性格と見た目が一致しない男・錦戸であることを知ったのは、一真にとってつい最近の話であるのだが。

「おっと、話が逸れてしまいましたね――――。

 その幻基巣ですが、物自体は巨大な構造物で、平均して地上およそ1.2kmほどの高さにもなります。また地下にも蟻の巣のようにトンネルが張り巡らされているのは過去二度の幻基巣攻略戦で判明していますね。落着当時はここまで巨大な構造体では無かったのですが、長きに渡る戦いの内に大型化していったものと推測されています」

 錦戸の解説を聞きながら、一真はまた教本に視線を落としていた。幻基巣だと記された何枚かの記録写真があり、そこに映っていたのは確かに規格外なほどに大きな構造体。まるで天を貫く柱のような外観で、こんなものを本当に攻略できるのかと一真は妙な気分になる。

「この構造体を破壊するには空爆か野砲、或いは艦砲による遠隔砲撃しかありません。しかし幻魔には対空能力を持つ種族――――詳しくは後で説明しますが、対空砲のような連中も居る為に、やはり構造体の破壊は困難を極めます。そして仮に破壊したとしても地下のトンネルが残ってしまいますので、やはり幻基巣攻略に際しTAMSの存在は必要不可欠と言えますね」

 ――――ここは時間の都合で錦戸教官は説明を省いたが、幻魔は進攻を進める内に、その支配地域に新たな幻基巣を造ることも稀にある。これらは初期落着の六つとは比べものにならないほど小規模で頼りないものだが、一応幻魔の製造能力は有しており、彼らにとっての前哨基地のような役割を果たすらしい。

 と、ここまでは教本に書いてある通りだ。

「以上が、ザッとした復習になります。やっと今日の本題に入れますね。では皆さん、教本の一八五ページを開いてください」

 周りの連中と同じように、一真も言われた通り教本のページを繰る。現れたのは図鑑のようなページで、何種類もの幻魔が写真と共に掲載されていた。

「今日の内容は、幻魔の詳しい種族に関してです。先週の座学でもある程度は触れましたが、今日からは本格的に、といった感じですね。

 ――――それでは、まずは小型種族から。体長2mほどと人間サイズで、これらは"ソルジャー"と"ソルジャー・アンチエアー"の二種類しか居ませんね」

 ソルジャー種は先週のシミュレータ訓練で見た通り、ぎょろっとした巨大な二つ目とデカい頭、それに長い手足を持つ歪な人型をした奴だ。中でも"ソルジャー・アンチエアー"というのはその亜種で、対空用の短距離レーザー発射器官を持つ対空役なのだ。超音速で飛び回るジェット戦闘機は落とせないが、飛んでくる地対空ミサイルや榴弾は落とせる。

「次はTAMSと同じ8m程度の身長の中型種族です。グラップル種とアーチャー種が存在するのはもうご存じかと思いますが、今回はアーチャー種の更に細かい亜種について説明をさせて頂きます」

 アーチャー種――――。

 地上、航空、そしてTAMSの全兵力に対して脅威となる、マシーン・ガンのような飛び道具の生体器官を持つ厄介な中型種族だ。空に対しては爆撃高度まで下がってきた攻撃機や爆撃機を叩き落とし、地上には生体器官から放つ機銃掃射で被害を与え、TAMSに対しても苛烈な掃射によってその行動を制限させる。対空型の代表例とも言える奴で、これを優先的に仕留めろというのは、全世界共通で対幻魔戦術の基礎だ。

「皆さんご存じ通常のアーチャーの他に、アーチャーα、アーチャーβと二種類の亜種が確認されています。αが白い体色で、βが黄土色の体色ですね。αは物理弾の代わりにレーザーを発射するタイプで、βは通常種よりも強力な物理弾を、背中に生えた野砲のような投射器官から撃ってくる、まあ文字通り野砲ですね。特にアーチャーβは地上部隊にとって脅威ですから、TAMSが優先して排除しなければならない標的の一つです」

 錦戸の話を統合すると、とにかくアーチャーというのは亜種含め厄介極まりない種族なのだ。それだけに幻魔集団の中でも数が多く、これらを優先的に排除したいというのも、もしかすればTAMSが開発された経緯の一つかも知れないという流説すら流れている。それほどまでに厄介にして面倒な連中なのだ、アーチャー種という奴らは。

「さて、次は大型種族ですね。といっても"ハーミット"の一種類しか居ません。高さは相変わらず8mですが、長さは15mと巨大です。ヤドカリのように背中へ大きな外殻を背負っていまして、主な攻撃手段は前に生えた二本の巨大な爪です。詳しい外見は教本を参照してください」

 確かに錦戸の言う通り、ハーミット種と記された写真に写っていたのは巨大なヤドカリのような奴だった。茹で上がった海老のように赤い外殻で、見た目だけなら美味そうにも見える。

「このハーミットなのですが、背負う物だけでなく体表の外殻自体が尋常じゃない堅さですので、TAMSの突撃機関砲の20mm砲弾ではとても抜けません。有効な攻撃手段といえばMBT主力戦車の120mm滑腔砲か、或いは野砲部隊の飽和攻撃。TAMSで対処するならば130mmグレネイド・ランチャーのAPFSDS弾頭か140mm狙撃滑腔砲、或いは220mmの対殻ロケット砲ぐらいでしょうかね。私は前に少佐……もとい、西條教官が対艦刀で外殻の隙間を狙って突き刺して仕留めていたのを見たことがありますが、あんな無茶苦茶なのは真似してはいけません」

 最後に冗談めかした口振りで錦戸が言うと、ははは、と教室が笑いの空気に包まれる。一真も同じように頬を綻ばせていたが、同時に胸の奥では西條に対する畏敬の念がより強くなっていた。

 ――――やはり、"関門海峡の白い死神"は伊達じゃない。

 見た目とは裏腹に割と俊敏に動くハーミット種に飛びかかり、その外殻の隙間をピンポイントで狙って対艦刀を突き刺すなど、並みのTAMSパイロットが出来る芸当じゃない。正にエースがエースたる所以は、そこにあるということか。

「さて、話が逸れてしまいましたね。最後に話すのは超大型種――――デストロイヤー種に関してです」

 瞬間、あれだけ和やかだった空気が一変し、ゴクリ、と生唾を飲み込む音すら聞こえてくる。

「身長40m、長い八本脚の超大型種族です。物理弾の投射にレーザー照射、長い尾による薙ぎ払いなど、その攻撃手段は厄介極まりありません。更に体内に多数の別種族の幻魔を格納し、輸送機のような役割も兼ねています。

 正に最悪の敵といった所で、有効な対抗手段は戦艦の主砲や爆撃機から投下するバンカー・バスター爆弾ぐらいしかありません。TAMSで対処しようと思って出来ないことは無いのですが、ほぼ太刀打ち出来ないと言っても過言ではないでしょう。悪いことは言いません。もしここを卒業し実戦に投入されたとして、デストロイヤー種を見かけたら逃げなさい。TAMS如きで対抗していい相手ではありません」

 真剣な顔で言う錦戸の言葉は、確かなリアルさを以てこの場に居る全員へと伝わってくる。何度も死線を潜り抜けてきたからこそ伴う、確かな重圧。どれだけ鈍い奴でもそれを感じ取り、言葉一つ出せなくなっていた。

 とした頃に、授業の終了を告げるチャイムが鳴り響いた。錦戸は「おや、もうこんな時間ですか」とひとりごちると、

「では、今回の座学はここまでと致しましょう。もう西條教官は戻っているはずですから、用事のある方は訪ねて頂いても構いません。午後からはシミュレータ訓練ですので、遅れず地下のシミュレータ・ルームまで来てくださいね」

 最後にそう言って、座学の授業を締め括った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る