Int.28:千年の都、繁栄の色は何処か遠く②

「「…………」」

 瀬那と一真は後ろを振り返ったまま、白井は一真たちの方をぼけーっとした眼で眺めながら。三人はお互いを信じられないといったような眼で見合い、固まってしまう。

「……白井、だよな?」

「あ、ああ」引き攣った顔のまま言う一真の言葉に、困惑しながらも頷く白井。

「そっちは、綾崎……だよな?」

「う、うむ」

「だよな、四六時中腰に刀ぶら下げてる奴なんて、綾崎ぐらいしか居ねえし……」

 うんうん、と何故か独りで納得して白井が頷く。それから、

「ところで、二人とも何でまたこんな所に?」

 なんてことを白井は訊いてきた。

「そ、それはだな白井……」

「散策だ」

 一真が口ごもっている間に、瀬那が堂々とした口振りで白井に向けてそう告げた。うん、確かにそれで正解だ。なんでまた自分は口ごもるような真似をしたのか。

(そうだ、何もやましいことはない)

 そう考えやっとこさ一真が冷静さを取り戻しかけた時、

「ふひひ、もしかしてお二方、おデートですかい?」

 なんてことを白井がわざとらしい下卑た笑みで言うものだから、

「な――――! そ、そそそんなことあるわけないだろっ!?!?」

 なんて具合に、結局一真は取り乱す格好に。

「ん? でぇと……?」

 しかし瀬那の方は意味をあまり分かっていないらしく、ピンとこないみたいな顔できょとんとした顔を浮かべている。すると白井はここぞと言わんばかりに、言わなくてもいいことを余計に言いやがる。

「あー、綾崎に分かりやすい感じで言うと……逢引あいびき?」

「あいび……っっ!?!?」

 とまあこれで意味が伝わったらしく、瀬那はポンッと音がしそうな勢いで顔を真っ赤にすると、カタカタと小刻みに震えてもう一度硬直してしまう。

「かっ、かじゅまっ!? こっ、こここれは逢引き……っ! つっ、つまり! でぇとということで私を誘ったのかっ!?」

「なっ、なんでそうなる!?」

 顔を真っ赤にし言葉を噛みまくりながら言う瀬那に、一真もまた完全に混乱した勢いで言い返す。

「しっ、しかしっ! そこな白井がそう申しておったではないか!?」

「ンなもんあの死因転倒ヤローが勝手に言ってるだけだって! おっ、俺はそんなつもり……」

 ――――心の何処かにそんな気分が無かったかと訊かれれば、まあ嘘になる。

「ほっ、ほれ! やっぱりその、そういうつもりで……」

「ちっ、ちげーよ!? ちげーからな!?」

「イチャついてる所悪いけどよお二人さん、っていうか弥勒寺オメーこのヤロー、誰が死因転倒野郎だって?」

「イチャついてねーよ!」

「おらんわ!」

「お、おう……?」

 こんな具合で、もう会話は滅茶苦茶。元はと言えば白井が妙なことを言い出したのが全ての始まりなのだが、その白井当人が完全に蚊帳の外という奇妙な状況になってしまっている。

「はぁ……はぁ……。よ、よし瀬那、この話題はもうそう。な?」

「う、うむ……。其方も私も、無駄に体力を浪費するだけのような気がしておったところだ……」

 それから五分ばかしして、息を切らした二人が漸くその、傍から見れば完全に痴話喧嘩にしか見えないようなやり取りをやっと終わらせた。

「あー……。お二人さん? もういいか? いいよな?」

「う、うむ。すまぬな白井よ、我ら二人とも、少しばかり取り乱していたやもしれぬ」

「いやまあ、俺が茶化したせいでもあるんだけどさ……」

 まさかここまでアレな騒動に発展するとは思っていなかったらしく、流石に申し訳なさそうに肩を落としながら白井が言う。

「冗談はさておき、お二人さんなんでまたこんな辺鄙へんぴなトコに? 言っちゃ悪いが、ただの住宅地だぜ? ここら一帯はよ」

「えーとだな」一真が口を開く。

「瀬那と二人で、この辺りを散策してみようかって。街の方には後から出るつもりだけど、まずは学校の周りを知っておかないとってな」

「あー、そういうことね。うんうん、よーく分かった。この白井様にまっかせなさーい」

 二人がここに居た理由わけを訊くや否や、白井が胸を張って言う。……だが。

「――――と言いたいとこなんだけど、わりーな二人とも。今日俺、用事あんだよ」

 と、至極残念そうに肩を落としながら続けて瀬那たちに向けてそう言った。

「いや、白井の気にすることではないぞ。元よりアテもなく、我ら二人のみで気ままに歩き回るだけのつもりであったゆえ

「あ、そうなの?」

「うむ」頷き肯定する瀬那。「風の向くまま気の向くまま、一真の赴くままに私も付き従う、ただそれだけが予定なのだ」

「ふーん……」

 それを聞くと、白井は顎に手を当てて少しの間思案を巡らせる。一真が「何が言いたいのさ」と訊くと、

「いや、街の方に出てくんだろ?」

「あ、ああ」一真が反応する。続けて瀬那が「もしや白井、其方に何か名案でも?」と白井に訊く。

「ま、ちょっとな」

 ふひっ、と小さく不敵な笑みを浮かべると、白井は紙とペンを取り出し何かを殴り書きし始める。暫くしてから手にしたメモ帳の束から一枚ベリッと千切り取り、「ほらよ」と一真にそれを手渡してきた。

「白井、こりゃ一体?」

「ま、ド定番の観光オススメスポット・白井スペシャルってとこ。どうせ行くとこねーんなら、その辺り行ってみるのもまた一興、って感じじゃねーかな」

 確かに受け取ったメモ帳には、白井の言うとおり観光スポットらしき名前が幾らか記されている。どうせ白井のことだからロクでもないことを考えているのかと一真も瀬那も早合点していたが、どうやらその考えは早計だったらしい。この男、やるときはやる男のようだ。

「ふむ。一真よ、悪くないのではないか?」

 一真の持つ白井特製のメモ帳を覗き見ながら瀬那が言えば、「そうだな……」と一真も同意の意志を示す。

「分かった、これも参考にしてみよう」

「おっ、そりゃあ何より。まあ案内出来ねえ俺の身代わりと思って、大事にしてくれよな?」

「よっし瀬那、一発斬り捨ててくれ」

相分あいわかった」

「ちょっと待って!? 酷くないその扱い!?」

 なんでだか半分涙目になる白井に「はっはっは」と瀬那は笑いながら刀のつかより手を離すと、

「冗談だ。流石に其方とて、身代わりを斬りはせん」

「ほっ。冗談になってねえぜ、お二人さんよお……」

「まあ、峰打ち程度だ」

「結局ダメじゃんっ!!」

 ずっこける白井。相変わらずオーヴァーなリアクションしか取れない白井に瀬那と一真は笑みを浮かべつつ、

「まあ何にせよ、其方の心意気は受け取った。これは我らが存分に使わせて貰う」

「お、おう! 役に立ててくれや。

 ――――っといけねえ! それじゃあ俺はここいらでおいとまさせて貰うぜっ。綾崎も弥勒寺も、今日一日楽しめよっ! それじゃあな!」

 腕時計をチラッと見た白井は慌てて走り出すと、瀬那たち二人へ後ろ手に手を振りながら慌てて立ち去っていった。

「相変わらず騒々しい男よの、彼奴あやつは」

 遠くなっていくそんな白井の後ろ姿を眺めながら、腕を組む瀬那が呆れたように呟く。

「あははは。ま、それがアイツの良いとこでもあるんじゃないか?」

 そんな瀬那に、一真は笑いながら言葉を返した。そうしながら、手の中にある白井スペシャルのメモへ視線を落とす。奴の心意気が、伝わってくるような気がした。

(ありがとよ、白井。お前の心意気、確かに受け取ったぜ)

 小さく笑みを浮かべながら、一真は胸の内でそう呟く。そうしながらふと思ってメモの裏を見てみると、

「ん……?」

 ――――"グッドラック、弥勒寺! 上手くやるんだぜ!"

 なんてことが、隠すように小さく記されていた。

(あの野郎、前言撤回だ)

「一真よ、どうかしたのか?」

 そんな一真の様子が気になって瀬那が覗き込んでくるもんだから、「いやいやいや! なんでもない!」と一真は慌ててそのメモ帳を元通り表に返す。

「んん……? まあよい、この辺りはもう十分ではないか? そろそろ街へ出てもい頃合いだ」

「あ、ああ。折角白井もコイツをくれたことだしな。そろそろ行くとするか、瀬那」

「うむ。私は其方に付いていくぞ」

 そうして、長いこと足を止めていた二人も歩き出した。向かう先は街の中心。この国の文化の中心を長きに渡って担ってきた古都、即ち京の都だ。

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