Int.27:千年の都、繁栄の色は何処か儚く①
――――そして迎えた翌日、土曜の朝。
「ほれ、一真。何をしておる」
「分かった分かった、そう急かすなって」
先んじて玄関先に立つ瀬那の声に急かされながら、一真はちゃっちゃと部屋の戸締まりを確認する。そんな一真の格好は休日だけあって私服姿で、下はジーンズに上はTシャツと袖を捲ったジャケットというラフな格好だ。
「悪い悪い、待たせちまったな」
へへへっ、と笑いながら一真も玄関でスニーカー靴を履く。一真の隣に立つ瀬那もやはり私服で、上は黒のブラウスにジャケットを羽織り、下は中程度な丈のスカートに、脚には膝上ぐらいまでの黒いオーヴァー・ニーソックスといった出で立ちだ。相変わらず左腰には刀をぶら下げているが、これにももう見慣れてしまった。
「……? 一真よ、私の顔に何か付いておるのか?」
どうやら凝視しすぎてしまっていたせいで、一真の視線を不思議に思った瀬那が訊いてくる。
「い、いや! なんでもない。うん、なんでもないぞ!」
慌てて誤魔化すように一真が言えば、「さ、左様か……?」と瀬那が首を傾げる。
(やべーやべー、よく考えたら瀬那の私服姿なんて見るの初めてだったからな……。ついつい見ちまった)
「……一真よ、本当に大丈夫なのか?」
「あ、ああ! 大丈夫大丈夫! この通り元気元気――」
と、立ち上がった一真がオーヴァーな手振りを示す最中、肘が「ゴンッ」と鈍い音を立てて壁に激突した。
「って!」
「……どうやら、確かに元気ではあるようだな」
ぶつけた肘を痛がる一真を眺めながら、呆れたような顔で瀬那が言う。
「まあよい。では一真、
「お、おう」
そうして203号室を出て、一真が玄関扉に鍵を掛ける。それを横から眺め「うむ」と頷き歩き出した瀬那を追って、一真も彼女と横並びになって歩いて行く。
「して、一真よ」
「ん?」寮の外廊下を歩きながら、一真が反応する。
「この辺りを散策するというが、予定はもう決めてあるのか?」
そんな瀬那の言葉に、しかし一真は「いんや」と軽い調子で返す。
「特には決めてない。とりあえず地図は持ってきたし、この辺りを適当に見て回って、後は街の方に出ればいいかなって」
「ふむ」
瀬那は一度小さく唸り、
「まあ、よかろう。今日は其方に付き従うと決めたのだ。何処へ行くかは、其方に任せる」
「へへっ、悪いな瀬那」
なんて会話を交わしている内に、いつしか二人は外階段を下り、玄関エントランスを通って学生寮の外に出ていた。
士官学校の敷地内は今日が休日ということもあってか、いつもより人の気配は少ない。だが補習か特別授業かで校舎や格納庫の方へ向かう訓練生も少数ながら見かけられる。恐らくは訓練生が乗り込んでいるものと思われるオレンジ色をした訓練機カラーの≪新月≫も、何機かが簡易演習場を兼ねたグラウンドを歩いていた。
そうした連中を横目に眺めながら、一真と瀬那の二人は校門を潜り、士官学校の外へと出る。ここ最近は何やら忙しかったものだから、よく考えたら入学式の日に白井に連れ出されたっきりだ、こうして外に出るのは。
京都士官学校は京都市の西方、
そんな立地にあるから、この辺りの交通利便性は割と高い。とはいえ今日の目的はとにかく土地勘を鍛えることにあるので、二人はとりあえず士官学校の周辺を散策してみることにした。
「思いのほか、家が多いのだな」
「みたいだな」一真が頷く。「それでも、白井曰く年々減ってきてるらしいぜ?」
「無理もない。幻魔の攻勢も苛烈になってきている現状、いつ
「……ああ」
平静とした瀬那の言葉に、一真は少し俯きながら小さく返事をする。
――――そう、ここは最前線からは離れてはいるが、決して遠くはない。万が一にでも四国周辺を囲む瀬戸内海絶対防衛線が完全に崩壊することが起きてしまったら、この京都だって戦場になる可能性は十二分にある。だから住民が今の内から逃げ出していても、決して責められることじゃない。彼らは自分ら軍属と違って、幻魔に対して抵抗する
「……む」
そんなことを思っていた一真の顔色が少し暗くなったのを察してなのか、瀬那はチラリと彼の顔を見ると「ところで、確か白井は地元の出だと申しておったな」なんて風に、話題を明るめな方向へ意図的にすり替えた。
「確かな」瀬那の言葉を一真が肯定する。「この辺りだって言ってたけど」
「もしかすれば、奴と出くわすやもしれぬな」
微かな笑みを浮かべながら言う瀬那に、一真も彼女の隣を歩きながら「笑えないって」と苦笑いする。
――――そんな時だった。
「……あれ、弥勒寺に綾崎?」
後ろからそんな声が聞こえてきたかと思えば、二人が立ち止まって振り向いた先に――――きょとんとした顔の白井が立っていたのは。
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