第32話 邂逅
「おや、これはお楽しみの最中、失礼いたしました」
祭壇の正面に回ってその姿を皆に晒し、にっと笑ったその者は、男とも女ともつかぬものだった。明らかに身は男なのに、その着ているものとくればまごうかたなき女物である。小柄で、その肩幅は女のようにほそく、狭かった。左手には大きな手燭を持ち、右手には大きな扇をもってぱたぱた言わせ、恐れることなく男達の前に歩み出る。そしてしなを作ってみえを切り、
「そこの男前で粋な兄さん達。まだ乳臭い女なんか慰んだってつまらないわよ、ねえ、どうせなら私と遊ばない?」
そう言いしな彼が男達にくれてやった流し目は、女の宝余が見てもぞっとするくらいに凄艶であった。
「なんだ、この野郎。女みたいな声を出しやがって…」
盗賊の一人が腰のだんびらを抜いた。女のような男はおびえることもなく、片目を瞑ってみせると、扇で神像の方を指し示した。
「その空っぽのおつむには、当然『神罰』という言葉も入っていないのでしょうね。かりにもご神前で不埒な振る舞いをすると、その胴が真っ二つ、具をはさんだ饅頭のようになるでしょうよ」
「この…」
白刃がひらめくが早いか、女装の男の袖がひるがえり、つぎの瞬間には彼と男達の間合いがすっと開いた。相手を斬り損ねてたたらを踏んだ男を尻目に、彼は朱唇の端をつり上げると、「さあ、おいでませ」とあらぬほうを向いて頷く。
「『――まんまるお月様は雲に飽き飽き、かく言う私もそなたに飽き飽き』」
また別の、今度は低い歌声がその方角から発せられた。
柱の陰から、ぬっと現れたのは一人の男。黒っぽい服を着て、背丈は高く、精悍な顔つきをした若者だった。腰には長剣を挿している。そして女装の男と同じく燭台を手にしており、胡散臭げな表情で、周りを見回した。
「――おぬし等、こんな夜更けに何をしている?」
低い声がその口から漏れる。
「何だ、また変なのが出てきやがったな、さっきから俺達を馬鹿に…」
「そなた達と争うつもりはない、さっさとその女を放して出て行くがいい、さすれば、命までは取らぬ」
「何だと、俺達に命令するつもりか、小僧!」
「命令ではない、忠告だ。でなくば――」
男は燭台を神像の台座の上に置くと、すらりと腰の剣を抜き放った。盗賊は五人、男は一人。どうみても数の上では勝ち目がない。宝余は自分のせいで若い男に危害が及ぶことを考え、申し訳ない気持ちになった。だが、彼女自身は盗賊に囲まれており、ただ成り行きを見ていることしかできない。
「一人ずつ相手になるか?それとも、自信がなければいちどきにかかってきてもよいぞ」
嘲弄された男達の怒りは頂点に達し、宝余を放り出し、いっせいに獲物に襲い掛かる。宝余は思わず目をつぶる。「ぎゃっ」とつぶれたような悲鳴が辺りにとどろき、つづいて、ばたばたという乱れた足音が堂内に響き渡る。そして、その後にはうめき声が続いた。
宝余が恐る恐る目をあけると、あたりの様子が一変していた。彼女の視線の先に、背の高い男が面白くもない顔つきで刀身の血をぬぐっている。その周りには、盗賊達がみな床に転がり、うめいたり、痙攣したりしていた。
女のような男はくすくす笑いながら、剣の遣い手に腕を伸ばす。
「まあ、あなた様、ご神前を血で汚したりすれば、烏神さまのお怒りを買いましょう。われらが班旗はこの神さまより賜りましたものでございますのに、お詫びを何となされます?」
「……どうでもよいから、そのわざとらしい、いまいましい節回しをやめろ」
男はしかめ面で女装の男から指し伸ばされた手を振り払う。それから、床に転がっている盗賊どもに向かい、冷たい声音で言い放った。
「むしろ礼を言って欲しいものだ。女の前だから殺しはしなかったし、歩けるくらいの傷にとどめてやったのだ。十数える間は待っていてやるから、再びこの刃が暴れてお前達の腕や足がもげてしまう前に、とっととここから消えうせろ」
面目を失った男達は返事もせず、だがよろよろと立ち上がると、互いに互いをかばいながら夜の闇へと逃れ去っていった。
そして彼等を蹴散らした若い男は剣を鞘に納め、宝余に向き直った。
「改めて問うが、何をしている?こんな夜中に女が一人で。――我らは
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