第4話
「クリームパスタのお客様」店員が笑顔で言う。俺が返事をする。
「メロンソーダは私に」
先輩が言う。メロンソーダが先輩の前に置かれる。注文が以上であることを確認すると、 店員はそのまま表情を崩さず去っていった。内心困惑していたことだろう。運んで来たのは一人分の食事なのに、席には二人座っていたのだから。
「じゃあ、頂きますね」
フォークを取った手の向こう、先輩が静かに頷く。伏せられた視線はメロンソーダへ注がれていた。学生という身分ゆえ、来るのは大概ファミリーレストランだが、こうして二人で外食することもある。ただ、俺が先輩をレストランへと誘うのは、ふとなんともなしに先輩と外を歩きたくなったときだ。食事を主目的に据えているわけではない。
一口、運ぶ。
「美味しい?」
静寂にも似た喧騒の中、先輩が視線を上げて尋ねた。微笑んだその顔に「はい」と返事をする。そう深く考えてはいない。レストランで出てきたのだからきっとそうだと思っただけだ。強いて言えばこれは『ほうれん草とサーモンのクリームパスタ』と言うそうだから、大体そんな味が口に広がっていた。
「なら、いいんだけどね?」
俺の内心を知ってか知らずか、先輩は意味深長な笑みを浮かべた。
「私も美味しいもの食べたいなぁ」
ストローでメロンソーダをかき混ぜながら先輩が言う。その目は現実を透かしていた。
「食べれない……んですよね」
言おうか言わまいか迷ったが、結局尋ねてしまった。
「食べれないというより、食べようと思わないのよ」
氷をカラカラ笑わせながら先輩は返答する。
「空腹も食欲も感じなくて」
そう言って先輩はストローをくわえた。緑の影がストローをせり上がっていくものの、折れた首の辺りで勢いが止まる。しばらくその位置を維持していたが、やがて先輩が口を離すと落ちていった。ふぅ、と先輩が息を吐く。
「飲む?」
グラスがパスタの脇に置かれる。問うてはいるが答えは不要。今の先輩にとって食事とは無用のものなのだ。
『先輩はよく食べますね』。今こうしていることで、二人のとある日が死にはしないか。あの晴れた日の言葉が、今日のこの日を絞め殺しはしないか。俺らを嗤いやしないか。否。憂いの全ては、俺の我が儘に端を発する。
「……すいません。いつも、俺の我が儘に付き合わせて」
つんと冷たく突かれる唇。止まる言葉。滴るもの。甘い。見れば緑を纏ったストロー。その先には先輩の指。
「謝るのは禁止。私はそういうつもりで言ったんじゃない」
優しい語調だった。諭すようだった。そして間違いなく強い言葉だった。然れどちゃんと受け止められるのは、どこにも傷ができていないのは、一重にその優しさゆえだった。染みていく。さながらメロンソーダの一滴。
「それにね」
先輩はストローをメロンソーダに委ね、代わりにペーパーナプキンを摘まんだ。そして俺の口をぐしぐしと拭く。打って変わって多少乱暴だ。事は済んで残るのは、まっすぐ見つめる先輩の瞳。
「こういうことできるから、ファミレスは好きよ」
微笑を浮かべながら平然と先輩は言う。ああ、これは変わっていない。からかっているのか本気なのか、いまいち分からないこの言動は。そして時折返答に窮してしまうのだ、どう返したものだろうかと。さて、今回は。
「……お手数かけます」
「うん、よろしい」
どうやらお気に召したらしい。
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