頂機関
「で、まずはどこまで知ってる?」
小手調べといった風に緋色は言った。目の前の少女も何かを抱えている。そして、それなりに知っている。緋色はそんなアタリをつけていた。
「頂機関。旧陸軍派閥を裏で束ねていた軍閥。改憲後も、国防の影の要であり――――特務二課の元締め」
「……よく知ってるな」
緋色の顔が引きつる。頂機関は国家機密事項。二課のヒーローすらその存在を知っている者は、緋色が知る中でも一人しかいない。たった今、二人になった。
「でも、頂家って……?」
情報通にも限界がある。事実、最高機密には情報の天才にも手が届かなかった。
「元は公家の一派閥家系だったらしい。明治政府の成立に一枚噛んでいたところから勢力を持ったんだとさ」
他人事のように緋色は言った。緋色は、それを束ねる当主と言っていた。だが、国防を担う頂機関の重鎮のようにはとてもじゃないが見えない。そんな人物が前線に立つわけがないのだ。
「頂の人形……まさか」
「気付いたか、流石だな。始祖のはずの頂家が頂機関の傀儡ってのも皮肉なもんだ」
緋色は自嘲気味に笑う。ディスクの知る少年らしからぬ姿。だが、まるで感情の無い人形のように戦うあの姿も、知らないものだった。
「俺は……騙されて踊らされてばかりで、自力で真実には辿り着けなかった。頭、悪いからな」
緋色が、頭をトントン叩いた。その言葉には、裏の意味が隠されている。
「ねぇ、緋色……」
「脳に電極が刺さってるらしい。何か……電波? みたいので脳に直接作用するらしい。それでメモリだか何だか食われて知能指数が落ちてるとか」
「緋色……」
少年は、空っぽの表情で。少女はその額に手を乗せた。彼女がいつもやられているように。
頂の、操り人形。
「誰が緋色に真実を?」
「…………師匠だよ」
特務二課司令。彼も頂機関の関係者なのは自然なこと。高見派閥との対立、一課も恐らくそれは把握していること。
「十年前、俺はあの場にいた」
かつて庇われた少年は口を開いた。ディスクの目が見開いた。十年前、その言葉には意味がある。
人類が、最も偉大な英雄を失った日。
考えてみれば当然だ。デビル・マオウとの主戦場は、まさに頂機関そのものだった。その頃の当主が誰だったのか不明だが、緋色少年はその場にいて当然だった。
「『
ディスクの理解を越え、首を傾げる。
「『
戦いの後。後の二課司令たる風雲児に連れられ、緋色は十年間の地下生活を余儀無くされた。
当時、頂機関を執拗に狙っていたデビル軍から匿うため。そして、辛うじて壊滅を免れた頂機関に使い潰されるのを防ぐため。
全ての線が繋がっていく。だが、緋色がこうして表に出てこられた理由は。二課のヒーローとして戦っていられる理由は。そもそも、特務二課は。
「――――司令だって、裏切り者なんじゃ」
頂機関の。なにせ、次期当主の誘拐だ。
「状況が大きく動いた」
「そうか……人類戦士」
デビル軍を押し返す戦略兵器。彼女の八面六臂の大活躍で、頂機関は逼迫した状況を脱していた。
「利用価値さえ認めさせれば、俺たちの存在は認められる。道具じゃなくて、人間として。師匠は崖っぷちの勝負に打ち勝ったのさ」
それが緋色の戦う理由。自分を認めさせる戦い。彼はかつて見た背中に憧れて、ヒーローを夢見た。そうすることで、自分の存在を認めさせるために。
ヒーローになりたい。認められたい。人形が、人に。
それが、少年の戦いだった。
◇
人類戦士。緋色にとってはまさに降って湧いたヒーロー。そんな彼女の事情を知る、数少ない人物がいた。
「引き分け、だったね」
ディスクが言う。緋色はきょとんとしていたが、少女にはお構いなしだ。
どさくさに紛れて腹筋に触ってみたりしている。
「あの……くすぐったいんだけど」
「ごほんごほんごっほんっ!!」
顔が真っ赤だ。動揺が分かり易い。
「わた、私は、高月機関の出身なんだよ」
緋色は首を捻った。
「で、高月機関についてどこまで知ってる?」
「初耳」
ディスクが物凄い微妙な表情を浮かべる。彼女の中で複雑な葛藤があったのだろう。天才の考えることは分からない。
「……頂機関と比べると本当に大したこと無いよ。重要なのは人類戦士と同じ出身だということだけ。私の異常性も、おね、人類戦士の特異性も本当に偶発的な事象。末端機関も甚だしいけど、私にとっては家族同然。あんまり悪く言わないで欲しい」
悪く言ったつもりは無いのだが。あと、早口に紛れて何か重要なことを言った気がする。
「人類戦士が……?」
「うん、顔見知り」
そんな気はしていたが。察してはいたが。あっけらかんと言われて緋色も気勢を削がれる。
「どっちの胸が好き?」
「そりゃアネゴ――いや待て、今のはズルいだろぉ!!」
狼狽える緋色を見て、ディスクは少し微笑んだ。年上の男の子をからかうのはちょっと楽しい。慌てる緋色は新鮮だ。いつも頼りになるが故に。
かわいい。姉御分がこぼした一言に全力で同意する。
「緋色は、強いよ」
ディスクは言った。
「緋色は凄いよ。だから自信を持って」
少女は、言った。
「緋色は私のヒーロー。だから、胸を張って。大丈夫だよ」
はにかむように。若き天才は年相応の表情を浮かべる。照れたようにそっぽを向く少女に、少年は。
「俺は「いいの」
有無を言わせない。力強い抱擁だった。
「私の緋色。私の
認められた。端的に言うとそういうことなのだろう。くすぐったさに身を捩らせながら、愛おしさに指を這わせた。
「一緒、か」
たとえ人形であっても。
「うん。一緒に――戦おう」
ヒーローとして。
戦うこと。戦い抜くこと。少年と少女は温もりを感じあった。
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