ブルー・デッド・コール

「うっせぇぞ、ザコ丸ぅう!!」


 ウォーターカッター。高出力の水撃が四天王に降り注いだ。火に、水。ひとたまりも無かった。


「頂機関の戦犯ども……あたし様の獲物だよ」


 みすみす譲らない。青く死相浮き出る少女は牙を剥いた。死体少女は猛威を奮う。天災が黒装束と鬼面武者、そして緋色にも降り注ぐ。


(あいつ、何で――――死んだんじゃ……?)


 首を肉体から跳ばされて、生きている生き物など。天才少女の分析は尤もだった。だが、それがだったのならば。


(――――不死)


 それは。人類戦士と同じ、最強の属性。


「やぁらせぇぬわぁあ不届きもぅんが――!!」


 音が熱でたわんだ。業火を掻き消す冷水。それが蒸発して吹き飛んだ。


「あ? 人類の敵は黙っとれっての」


 部外者、と少女は嘯いた。ディスクは前に出る。分析ではない、感覚。アレはヤバい。そんな感覚が少女を動かす。

 炎の傑物、その一撃が闖入者を焼き払った。

 断末魔の悲鳴にディスクの足が止まった。あれだけ不敵な雰囲気を放っていた敵は、目の前であっさり焼き払われる。苦悶の叫びを上げる少女に、むしろ憐れみすら感じた。


(緋色を、助けなきゃ)


 憐れみと、危機感。唐突に、ヘルメス卿の話を思い出した。屈強な、欧州の国境警備隊に被害を与えたという謎の敵。

 黒こげの腕が、業火から伸びた。ディスクはまず緋色の下に走った。深手を負っている。ディスクは救助要請を出すと、緋色を引っ張って戦場から離れようとする。あの黒装束と鬼面武者はどこに行った。


「調子に乗」


 その言葉は途中で途切れた。声帯を失ったから。物理的に音声が発せられなかった。全身を細切れにされ、五等分された眼球はデビル・キリーの姿を写す。


「ぶっ潰す――――っ!!!!」


 呪いの断末魔だった。響き渡る恨み節。炎の傑物は、不死身の殺し方にことを選んだ。全身を細切れにされ、業火に焼き尽くされる。灰すら残らない。


「以上、終わりだぁ」


 デビル・アグニ。敵を物体と定義し、一片も残らない破壊を敢行した。

 反応が早かったのは、倒れていたはずの隼だった。新人二人を抱えてさらに奥へと跳ぶ。態勢を立て直せば向かい打てる。彼はまだ諦めていない。


「その判断は、正解だ」


 火球を、ワイヤーと斬撃が削ぎ落とす。威力の落ちたそれを、炎槍が穿った。


「走れ、隼」

「――ハートっ!」


 特務二課のトップスリー。ハートと刃と焔がここぞとばかりに波状攻撃を仕掛ける。


(こいつらぁ、今までどこにぃ……っ!?)


 圧倒的熱量が少しずつ削られていく。相性の悪い相手に翻弄された傑物が、さらに消耗を極めていく。前に出るデビル・キリー。だが、傑物は自らの力で苦難を踏破する。


「やぁ……けぇ」


 絶対的な業炎は、鎮火しない。燃え盛る炎を胸に、四天王はヒーローらと相対する。







「ここは……?」

「中心部っぽいッスけど……」


 頂機関。その中央部は確かに機能しているようだった。幾何学的な紋様を浮かべる機械類に、散逸する円柱の内部では培養液に浮かぶ臓器の数々。


(これが頂機関……あんまり良い印象を持たないけど)


 まだ奥がある。暗闇に秘された先がある。ディスクの知的好奇心が刺激されるが、その手を掴まれて止められる。隼だ。


「……これ以上は、ヤバいッス」


 迎え撃つのならば、ギリギリこの位置。いや、隼の感覚はそれより穿っていた。


「ここが――――最終防戦ラインッス」


 これ以上は下がれない。全員が無事で済むためには、これ以上は踏み込めない。


「……うん」


 目がいい彼女には、少し気になるものが見えていた。しかし、傷だらけの緋色を抱えた状況。無茶は出来なかった。







 ところが。しぶとく粘る二課のトップヒーローたちに、デビルは想定外の苦戦を強いられていた。


(ぁああ……やっぱ一人がよかったぁ)


 優先攻略対象。その実力はデビル・アグニすら認めるもの。しかし、やはり四天王そのものに比べれば霞む。

 そこを突かれて、狙われる。恐らく、針金武者はあの三人の誰よりも強い。だが、彼らの連携に、今まさに圧されている。それを庇う形になる傑物は、思う存分攻めに回れないでいた。

 彼らは、強い。それを認めて後退を始める。じりじりと防戦しながら、建物の外に。



「――――閣下」



 新手。猛攻を止めたヒーローたちに、デビルが態勢を立て直す。

 デビル・アグニ。

 デビル・キリー。

 デビル・ドラグ。

 そして、デビル・アビス。雷光が落ちた。雷の女王は、炎の傑物に耳打ちする。


「ヒーロー……勝負は預けた」


 退いてくれるのならば是非もない。ハートは邪推する。人類戦士の暴れる高尾山。最前線で何かあったのかもしれない。

 稲妻が落ちた。光に紛れてデビルたちが姿をくらます。アビスの電磁防壁。その逃げ道はレーダーでも補足出来ない。

 だが。



――――オ、ボ、エ、テ、ロ



 亡者の呪詛が響いた気がした。

 雨がぱらぱらと降り続ける。奇跡的に死者ゼロでの防衛成功。しかし、彼我の戦力差に、ハートは鋭く目を細めていた。

 煮え切らない。敵の撤退を確認し、戦闘は終了した。雨は未だ、上がらない。







「……ぜぇぜぇ、もぅ、十分でしょぉ……っ」


 高尾山。激しい戦闘の余波で、すっかり様相を異にしていた。そして、風景に不釣り合いな巨大な氷塊。人類戦士がその中に埋め込まれていた。


「……だから、不死身なんですってば」


 涼しい顔で風の魔神は言った。氷の魔姫が放つ魔力は強力無比で、絶対だ。必殺、とも言い換えられる。しかし、その消耗も半端ではなく、幾らでも蘇ってくる相手との相性は最悪だった。


「えー死んだでしょーー……」


 四天王の将が大の字で寝転がる。人類戦士と付き合いの長い魔神は神妙な顔つきだ。


「陽が出れば氷は溶ける」

「…………」


 嫌そうな顔だ。


「356回。私がこれまでに人類戦士を殺した数です」

「今さっき二十回は殺した」


 将はドヤ顔だった。参謀は眉間に皺を寄せながら続ける。


「不死身は、死に続けると不死身を保てない」

「ナニソレ?」

「戦士の鉄則です。秘宝の法則、と置き換えてもいいでしょう」


 それを聞いてデビル・ヘルムはにやりと笑う。


「なーる。ようやくあんたがやろうとしてることが読めた。人類戦士を削る、不死身を殺す、ね。確かに風読みの力が適任だわ」


 デビル・パズズは恭しく頭を下げた。この男は、頭脳に優れる。その明晰さ故に自身を鍛え抜き、その特性を生かして武功を積み上げてきた。

 生まれながらの実力に左右されるデビルの兵とは違う。突き進んだ修羅の道は、彼を四天王の座まで導いた。


「買ってるのね、彼女を」

「……ええ、まあ」


 デビル・ヘルムは静かに立ち上がった。


「伝令。あの利かん坊を下がらせなさい」


 それは、実質撤退の合図だった。参謀は困惑する。


「何を……?」

「人類戦士が最前線を張るのならば、その後ろは? 何か嫌な予感がするのよ……」

「やれやれ、貴女の方がよっぽど慎重ですよ」


 その可能性は、パズズも認めるところだった。派手に吹っ飛ばされて地面に埋まった従者を雑に引き抜く。たかが人類。その認識があることは否定仕切れない。


「勝つのならば、万全・磐石・完全。従いなさい」

「御意」


 苦笑混じりに魔神は答えた。撤退は滞り無く行われた。

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