第5話 曇天! 頂冠する赤人形

戦線、曇天

「嫌な天気だな……」


 薄く広がる雨雲に、緋色は舌打ちした。隣にいるディスクが心配になるほど、彼の機嫌は悪かった。


「緋色、大丈夫?」

「に、決まってんだろ」


 こんな姿は初めて見る。ディスクは周囲を警戒しながら緋色のサポートに入る。彼は目前ただ一点しか見ていなかった。


『デビル反応、接近――ネームド、五』


 左オペレーターからの通信。間もなく目視出来るはずだ。そのために開けた台地を陣取っているのだから。


「行くぞショート……死ぬなよ」

「うん」


 頂機関跡地。

 デビル・マオウ襲来により焦土と化した地。緋色の始まりの地。あの真っ赤な背中を見届けた場所で、緋色は自身の拳を握る。

 この戦場に、人類戦士は現れない。







 非常事態宣言。

 その始まりも、狙いも、明快そのものだった。侵攻。高尾山口に陣取った主力が圧倒的存在感を放つ中、静かに別働隊が頂機関跡地へと向かっていた。

 いつかは起こりうると誰もが思っていた。それでも、その最適解はついに見つからなかった。


「四天王による――多角的侵攻」


 高尾山口に居座るのはデビル・ヘルム率いる精鋭部隊。そして風の魔神とその従者。四天王四分の二。それらを取り囲むようなデビルの群れ。


「こんなとこに居ていいのか?」

「……るせぇな」


 ぎりぎりと歯を鳴らす人類戦士。不死身の最前線、その唯一の弱点。それはどんなに足掻いても個人でしかないこと。

 別働隊は、四天王デビル・アグニが率いていた。その中にはデビル・キリーやデビル・ルート、デビル・ククリと強敵が目立つ。正直、二課だけの手には余る。


「狙いが絶妙だな。一課は援護を寄越さないだろう……内偵に探られたのが痛手か」

「余裕ぶってんじゃねぇよ、オッサン」


 高見元帥はわざわざ敵視している頂機関に救援を寄越さない。しかし、国防軍の果敢な迎撃でデビルの数は半数以下まで減らし、二課配備までの時間は稼げた。

 決戦の準備は整えてある。あとは、ヒーローたちの正念場だ。


「俺たちは出来る最大限をやる。お前はお前の為すべきことをやれ」


 高尾山口で待ち受ける主力部隊明らかな囮。人類戦士には既に出撃命令が下っている。一課の他のヒーローには待機命令。あわよくば横槍を、と不埒な輩が狙ってこないとも限らない。


「正直、厳しいぞ。奴らが本気なら全滅もあり得る」

「分かってる」


 司令もいい加減焦れったく感じていた。今回はやけに食い下がる。



「俺様が、マムを裏切ってこっちに付く……て線もある」



 それが、どれだけ重大な意味を持つのか。分からない司令では無かった。


「ここは俺たちの正念場だ。自力で超えられなければどのみち明日はない。大人しく高見元帥の指揮下に下れ」

「……分ぁったよ」


 唇を尖らせる彼女が背を向ける。高尾山口の反応は、動く気配が無い。

 住民の避難は既に完了していて、これ以上の被害は予測しづらい。人類戦士はこの出撃命令に疑問を抱いていた。それでも、行かなければならない。最優先攻略対象の撃破は、大局に関わる。


「死ぬなよ、タカツキ」

「誰にモノ言ってやがる……死なすなよ」


 特別任務遂行二課。

 激戦区に踏み入る。それでも、引くことは決して許されない。この極限状況に最後まで踏みとどまることこそが、英雄ヒーローに与えられた職務なのであるから。







接敵エンゲージ


 立ちはだかる異形に、緋色は拳を握って立ち向かった。ディスクがその後ろに続く。

 西からの進軍がどの経路を選択するか未知数だった。正面を刃と隼、南を焔とギャング、そして北を緋色とディスク。ハートは後方で備えていた。


「俺たちが当たりってわけだな」

「焦らないで。私たちも、だよ」


 通信が入る。接敵は三カ所全て。拠点制圧よりもヒーロー殲滅を狙われたか。


『北、ネームド二。動きの速い隼を北に』


 降ってきた蟲型のデビルが緋色の回し蹴りに飛ばされる。物理耐性は抜けない。目視だけでデビルは五体。中央に座するのは一つ目の巨大な蜘蛛、デビル・ククリ。


「ギアはまだ不調?」

「……悪い」


 ネブラの数は四。緋色をサポートするように円盤を踊らせる。

 敵のデータを頭の中で掘り起こす。デビル・ククリ。格下のデビルの能力を底上げし、使役する首魁。条件さえ揃えば、一個連隊にすら匹敵する厄介な相手。


(ウォーパーツ抜きに突破は厳しい。けど、緋色の機動力は有効)


 キキ、とデビル・ククリが笑う。連携の底力はこの巨蜘蛛が良く承知している。

 拳大の球体デビルが戦場に落下する。そのデビルは、閃光散らし、自爆した。







「警戒されている、のかな?」

「人類戦士に比べらゃあ些末けどよぅ。そもそもこっちにゃ索敵技術はねぇんだし、完全に出たとこ勝負さぁ」


 四天王、デビル・アグニ。逆立てた赤髪がゆらりと揺らぐ。蜃気楼のように声も揺らぐ。纏わりつくのは膨大な熱量。そして、その背後には。


(主戦力はそりゃ……中央に集めるよね。こうなるのは予想して然るべきか)


 針金武者が光沢を放つ。デビル・キリー。ネームドの中でも頭一つ抜けている強敵だ。


(これは流石に、死んだかも。でも隼は動かしといて良かった)


 それでも。そう思っていても。彼女は、鬼人の刃は不敵に笑った。


「勝てない、からね。生き残って、尚且つ追い返させてもらうよ」







「単体とは、舐められたもんだぜ」


 ギャングが息巻く。通常のデビルは全てデビル・ククリに付いていた。戦術上最適の配置。


(四天王を除けばぶっちぎってヤバいのはあの針金か。他も安心出来る相手じゃねーけどな……)


 一騎当千。どれも二課のヒーローには強敵だ。だが、人類戦士は頼れない。戦況は厳しい。


「ギャング、二体相手にしてる刃がヤバい。速攻で片付けて援護に行くぞ」

「あたぼうよ!!」







「ちくしょう何なんだっ!!」


 派手に飛ばされた緋色が毒づく。攻撃ではなく、分断が目的だったらしい。爆風ではなく烈風があの場を荒し尽くした。


「ショート、無事、か…………?」


 薄く薄く雨が降る。肌をくすぐる水滴を煩わしく思う暇も無い。ネームドの数は五。最後の一体が立ちふさがる。



「借りを返しに来たぞ、緋色」

「ドラグニール……っ!」



 蜥蜴顔の若きデビル。忘れもしない。タクラマカン砂漠でしとめ損ねたデビル。デビルコード、ドラグ。

 鋭いランスが緋色を狙う。防刃グローブをがっしり握り締めて緋色が迎え撃った。


「さぁ、勝負だヒーロー」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る