ディスクの挑戦

 夜の秘密特訓は続く。


「飲み込みが早い」


 ハートははっきりと断じた。五分の一組み手を三十分間捌き切ったディスクは、大の字に倒れて荒い呼吸を繰り返している。


「え、なに、……っ?」

「低速での訓練は動きのメカニズムを学習するためだ。ここまで動けたこと自体が理解と応用まで至った成果だ」


 相変わらず基礎体力は乏しいけど、という言葉は飲み込んだ。汗塗れの満面の笑みが彼には眩しかったのだろう。


「私、強くなった……?」

「保証しよう」

「女の子として、魅力的……?」

「は?」


 一瞬だけハートが素っぽい反応をした。ちょっと傷付いたディスクから笑みが消えた。


「……緋色と並べるかな」

「それは保証出来ない。正直、彼は未知数だよ」


 何が、未知数なのか。はぐらかしたハートは絶対答えないのは良く分かっていた。ディスクは両手で頬を叩く。


「ハートは……恋愛とか、どう?」

「魅力的なお誘いだと受け取るけど……僕には応えてやれそうにないよ」


 そっか、とディスクは小さく呟いた。それならば、と。天才の脳内でどんな飛躍があったのか。分かり難い天才が口を開いた。


「よし、緋色を倒してくる……っ!」







「勝負だよ、緋色」

「オセロか? 将棋か? 五目並べか?」


 緋色が呆れ顔を浮かべた。交換留学から戻って以来妙な絡まれ方をすることが増えた。

 因みに上記の勝負は全てディスクのワンサイドゲームである。緋色も完全に年下の子に付き合ってあげている風だった。


「違う。本気の勝負」


 ディスクが『円盤ザクセン・ネブラ』を構える。緋色は即座にその意図を察する。人類戦士と戦った時以来である。


「何でまた急に」

「急じゃないよ。緋色に追い付くまで秘密特訓してた」


 それは知っていた。それでも計算高い(としておく)彼女からわざわざ言い出したことだ。何らかの区切りが付いたのだろうか。


「ごめん、先に謝っておく……でも、私は緋色のことを知りたい」


 どこか、嫌な予感がした。


「負けた方は戦う理由を暴露。正真正銘、真剣勝負だよ」







 何故、勝負を受けたのか。緋色はその理由を説明出来ない。ウォーパーツの担い手として日が浅いまでも、彼女は臨界者に至っている。緋色が求めるものを彼女は確かに持っているのだ。


(俺は、強くならなくちゃいけないんだ)


 いつもの地下訓練場。今回は立会人はいない。二人きりに秘密訓練。

 緋色は拳を強く握る。デビル・ドラグに止めは刺せなかった。デビル・アビスにはみっともなく敗北した。全て、緋色が弱かったから。


「だから、応えろ――――ヒーローギアァ!!!!」

「全力で追い付くよ、ネブラ」


 半身に構えたまま微動だにしない緋色。不発。対するディスクの左右にはネブラが一枚ずつ。その構えは、貫手。指先まで張られた気迫が鋭い刃物を連想させる。


「もう一回試す」

「いい。来いよ」


 互いに、知らない成長だった。アメリカ帰りから一月半が経とうとしていた。その間にディスクは自分だけの戦い方を開拓していた。こうして挑んできたということは、何らかの形にはなったということか。


「勝負」


 一歩。その一歩が間合いを踏破した。一呼吸で緋色の目の前に到達する。抉るような手刀を緋色は片手で捌く。引き足に合わせるように前へ。その一歩の着地は即座にバックステップに切り替わる。


「ネブラ・ソー」


 横から通過する回転鋸。同じように間合いを詰めるディスクの手は、拳の形。潜り込むように緋色のジャブを回避し、その脇腹への殴打を狙う。


(攻め手が増えて体系化してきてるな。モノにしてる証拠だ)


 背中から当たりにいく緋色。殴打の衝撃は小さい。拳を引かれた。もう片方のネブラがレーザーを放つ。


(マルチタスク……私の攻撃の穴を埋めるようにネブラを展開!!)


 前に出る緋色はディスクの背後に回り込んだ。読んでいる。急襲するネブラを緋色の蹴りが真上に弾いた。


(入る)


 大足を上げて緋色の体勢が不安定だ。今度は掌底の構え。鳩尾に叩き込むように腕を伸ばす。


「俺だって」


 入った。しかし、読まれた。腹を凹ませるようにクリーンヒットを逃れた緋色が腕を鷲掴む。


「タダでやられてはやんないぞ」


 一本背負い。身体の軽いディスクは単純な腕力で重心を持っていかれた。今までの緋色の攻め手とは違う。いや、これは。


「ネブラ!」


 呑気に受け身なんて取っていたらやられる。空中でネブラが少女をかっさらい、しかし、追撃が円盤を叩いた。


(これが、緋色本来の……っ!?)


 今まではディスクはウォーパーツ主体の戦法を取っていた。だから緋色も不安定な『ヒーローギア』を何とか発揮するしか無かった。だが、ディスク本人がある程度戦えるようになってその前提は崩れた。

 徒手空拳では緋色には遠く及ばない。歴戦の二課ヒーローの中でも一二を争う実力。それでも、ディスクは分析を止めない。


「ショート、お前何考えてんだ?」

「緋色のことを知りたいなって」


 過程をすっ飛ばしてディスクは答えた。彼女は両の指を広げる。十全。周囲にまとわりつくように。緋色は床を蹴った。


「緋色のその強さはどこから来たの? その原動力は何?」


 乱れ打つ光線。接近を封じる作戦か。緋色は回避を繰り返しながら呼吸を研ぎ澄ませる。


「どうすればウォーパーツの能力をそこまで引き出せる? お前は何のためにその兵器を取った?」


 動かされている。緋色が気付いた時にはもう遅い。ディスクは音も無く至近距離まで至っていた。激しい殴打の応酬。それだけならば、緋色の圧勝だ。

 ディスクの血走った目が見開かれる。『円盤ザクセン・ネブラ』の援護。どれも単純な動きで見極めるのに訳はない。だが、手数はさっきの五倍に増えた。


「兵器、じゃない。私とネブラは、運命共同体」


 信頼と愛情。ディスクをネブラが援護し、守る。ディスクがネブラを援護し、守る。どちらも欠けることは無く。緋色は一方的な消耗戦を仕掛けられていた。


(体力勝負で勝てると思うな……っ!)


 受けてたつ。緋色の四肢が猛威を振るう。『ヒーローギア』は発動しない。ならば、自らの力で。


「龍王撃波!!」


 四枚のネブラが同時に弾かれた。襲う二枚のネブラが緋色に抜かれる。肉迫。四枚の盾が重なる。緋色は遠当てで、まとめて。



「これ、最初に見せたよね?」



 ディスクの冷めた声が。。彼女はもう、ただ守られるだけではない。前に出る。追い付くために。隣に並び立つために。


「無意識、無限。積み重ねは武人の叡知」


 非力であろうと。相手を完全に崩してしまえばそれは必殺足りうる。

 踏み込んだ右足で緋色の左足を沈め、肩で腕を弾き、首を跳ね上げ、胴を制する。見様見真似の分析上手。アウトプットのための身体の動かし方はハートに散々鍛えられた。


「四点掌握」

(まさか、こいつ…………っ!?)


 緋色の右足が上がる。否、上げさせられたのだ。踏ん張れない。ディスクの連撃が次々と緋色に打ち込まれる。回避も防御もままならない。緋色の決拍子技は尽くを封殺する。打って打って、その力は徐々に高まる。力を逃さず、生かし、積み重ねる。


「模擬四拍子」


 そして、放つ。

 肉体の正中線を小さな掌底が打ち抜いた。薙ぎ倒される緋色の肉体。だが、終わらない。決まっていない。緋色は素早く立ち上がった。その目は、敵に対する威圧の目だ。


「ようやく……同じ目線まで来られた」


 打ち込んだはずのディスクがへたり込んだ。ネブラは全て収納されていた。緋色は荒い息を吐きながら膝を付いた。


「互いに、限界か」

「うん、引き分け」


 ということにしよう。

 ディスクは、演算回路の過剰酷使で脳がオーバーヒートを起こしかけていた。まだまだ改良の余地ありだ。緋色も立ち上がれないことはないが、完全なパフォーマンスを発揮出来はしない。『ヒーローギア』が発動出来なかった今、これ以上は無益な消耗戦にしかならない。


「ウォーパーツが不発で、よくここまで戦えるね」

「俺には逆に、よくここまで安定して発動出来るか不思議だよ」


 ディスクが首を傾げた。彼女には当たり前過ぎることが緋色にはそうではない。


「緋色は、最近ずっと調子悪そうだね。一人じゃ、出来ることは限られるよ」


 緋色は何も言わなかった、言えなかった。


「私がいるし、ウォーパーツとも一緒に戦わないと。私もいるし」

「推すなぁ……」


 珍しい冗談に緋色は苦笑した。彼は気付いていない。彼女は本気で言っている。


「ショート、お前にも止まれない理由があるんだな」

「うん。私がここにいる理由」


 引き分け、ではあったが。ディスクははにかむように。


「強くなって助けたい人がいる。ずっと守られてばかりだったから」


 それはきっと、ここでしか出来ないことだったのだろう。緋色はディスクの額を撫でた。彼女の決意は本物だ。


「緋色は私の仲間だよ。だから、君のことがもっと知りたい」


 まるで愛の告白のような純朴さに二人は赤面した。照れから沈黙が降りるが、クールダウンしたディスクが静かに立ち上がる。


「私はもっと強くなるし、緋色もきっと強くなる。だから、また今度手合わせして欲しい」


 緋色の積み重ねた練武。あの日、ディスクはそれを美しいと感じた。彼の積み重ねた研鑽に、憧れを感じていた。だからこそ、追い付きたいと、並び立ちたいと。


「私がこんな風に強くなりたいと思ったのは……強くなったのは、緋色のおかげだよ」


 でなければ。

 泣き虫のままだった。弱虫のままだった。ディスクは前に進めなかった。幾つかの出会いが彼女を強くした。


「緋色が困ってるなら、私は力になりたい。頼りないのは分かってる。でも、私は緋色の味方だよ」


 その言葉は、緋色にどう聞こえたのか。彼はゆっくりと身体を起こした。

 緋色は、強い。

 ディスクはそう信じていた。だからこそ、彼女は彼が本物の袋小路に追い詰められているとは思いも到らなかった。小柄な少女に、膝立ちのまま抱き付く少年の弱さなど。


「え、ひいろ……?」


 顔を真っ赤にしながら彼女は狼狽する。少年の震えに、静かに抱き寄せながら。ヒーロー、ディスクは少年の声を聞く。




「俺は――――頂家の当主で、頂機関の重鎮だ」


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