第95話  種族とは何か

そこは乳白色の空間、とでも言えばいいのだろうか。

遠近感が狂わされそうな一色しか無い世界だ。

そこにぽつんと立っている私を円を描きつつ囲む、大小の光があった。

50か60はある光は、揺れながらもその場に留まっている。


そして目の前には一人の男と、少女がいた。

人族にも見えるが違う、特徴的な耳をした獣人だった。



「お兄ちゃん、ありがとう。私の為に泣いてくれて」

「儂らは知りたかった、ニンゲンを。知って欲しかった、儂らの事を」

「短い間だけど、一緒にいれて良かった。あの涙の意味を、どうか忘れないで」



それだけ言うと二人の体が、周りの光とともに空へ向かって浮かび上がっていった。

その光はやがて天高く昇り、一点に集まり眩く輝いて……消えた。



理解が全く追いつかない。

あの親子は無事なのか?

あの光はなんだ?

ここはどこなんだ?



数々の疑問が生まれ、解決せずに降り積もっていった。

考えてわかる事でも無いのに考えてしまう。



「この魂の回廊に閉じ込めて、お前の精神を失意の中で殺そうと思ったのだがな……。あの親子に感謝するがいい。あの者達の嘆願が無ければ、今頃お前は廃人になっていたはずだ」

「き、貴様! いつの間にそこに?!」

「そんなことはどうでも良い。かつて起きたあの惨劇を見て、何か感想はあるか?」

「かつてということは、あれは現実では無かったのか?」

「現実だが、過去に起きたことを体験したにすぎん。あの数々の光や親子は、その時に命を落とした被害者達だ」



相変わらずの無表情に抑揚のない声だ。

さも、特別な事は何もなかったかのように淡々と話している。



「……彼らは一体何者なんだ?」

「今より数百年遡る。とある山中に隠れ住んでいた獣人達が居た。争いを好まぬ温和な一族であった。元来平地で暮らしていた彼らは戦火に追われ、雪山に隠れ住む事になった。暮らしぶりは悪いが、平和なひと時を享受できていたようだ」



さっきから声も戻っていたが、今はそれどころではなかった。

なぜあの少女は死ななければならなかったのか。

あの善良な人物が、一体何をしたというのか。

母親を殺されても挫けずに、医者になる夢を追い求めていたあの娘が。



「その平和も長くは続かなかった。ある日、グランニア王家は支配各国に通達を出した。領内の亜人を駆逐せよ、と。亜人は人族より純度の高い魔力を持っている。その遺骸から魔力を抽出し、ある道具の発明に使われた」

「亜人狩りの話は聞いたことがある。おとぎ話のようなものと考えていたが……」

「あの村もその悪意から逃れることはできなかった。川の水に毒を流され、一人残らず息絶えた。まず抵抗力の弱い子供から、時を待たずして大人も全てが」

「皆殺しとは! ……いや、私も現場にいたとしたら、同じように命令したことだろう」

「そうまでして生み出された道具がある。ニンゲンどもは大層有り難がった。なんだかわかるか?」

「そんなものがあったのか、見当もつかないが」



本当に心当たりが無かった。

これだけの事をしでかすのだから、よほど重要な研究やアイテムの為なのだろう。



「記録水晶。物事を鮮明かつ、長時間記録できる魔道具だ。何のことはない、王族の娯楽品だ。そんな物の為に大陸の獣人は大きく数を減らし、生き抜くことが難しくなっていった」

「そんな物の為に、大勢の命が犠牲になったというのか!?」



記録水晶自体が完成したのはかなり昔らしいが、当時は世界に二つとない貴重なものだったらしい。

いつだったか改良が進んで、量産が可能になったと聞いたことがある。

それを使って何かしらの『王族の遊び』が流行ったらしいが、詳細は知らない。

それにしてもそんな経緯があったとは知らなかった。



「グランニアの王子よ、もう一度聞こう。亜人は悪か? 汚れた存在だったか?」

「それは、それは……」



答えはもう出ていた。

だが、深い喪失感と絶望と怒りが頭を駆け巡っていて、考えがまとまらなかった。

自分は何を為すべきか、この世はどうあるべきかについて。


目の前の冷徹な男は、意外な事に私を急かすことは無かった。

ただただ、私の答えをじっと待ち続けたのだった。

すっかりモヤのかかってしまった頭で出した結論はと言うと。



「彼に、会わせてくれないか?」



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「あぁっ! 敵の罠にはまってしまいました。これは落とし穴なのです!」

「アシュリー、だいじょうぶか。たすけにきたぞ」

「アルフ、気をつけてください。敵はズルいやつです!」

「あんしんするんだ。オレがきたからには……うわぁぁぁ!」

「なんということでしょう。アルフも落ちてしまうなんて!」

「しっぱいした。アシュリー、こうなったら力をあわせよう」

「わかりました、今こそ二人の愛の力を!」



子供たちの間で「アシュリーごっこ」がまた流行りだした。

ほんっとに、止めてもらえませんかね?

どうやらこの前の花畑での一件がモチーフになっているらしい。

まぁ、9割方捏造されてるんだがな。



「ワルモノめ、アイの力をおもいしれ!」

「やりましたわ、敵をやっつけました」

「アシュリー、オレたちのアイはムテキだ」

「その通りです、アルフ。永遠に愛してます」

「オレもだ、アシュリー。今夜はねかさないからな」

「や、やめてください。子供たちが見てますから」



うん、その子供たちって君らのことだからね。

つうかシルヴィアはどこでそんな言葉覚えてきたんだい?

お父さん寂しくなっちゃうから、そういうこと言わないで欲しいなぁ。



アシュリーごっこが山場を終えた頃、ほんわか空間に似つかわしくない客がやってきた。


アルノー王子とディストルだ。

そういやコイツを預けていたんだが、何かあったのか?

随分と険の取れた顔してるが。

その代わり失意っつうか屈託みたいなのが増えたようだ。



「魔王殿、とお呼びすれば良いのか。少し聞きたいことがある」

「好きに呼べ。質問はなんだ?」

「獣人とはなんだ? 亜人とは一体なんなのだ?」



うわめんどくさっ。

そういう小難しい話は教会の牧師やら司教やらとしてこいよ。



「知るかよ、そもそも人や獣人で分けるのにどれだけ意味があるんだよ?」

「どういうことだ?」

「見た目が少し違うだけで、あとは大体一緒なんだよ。ニンゲンも亜人も。亜人の方が地力がつええが、そんなもんニンゲンも個体差くらいあんだろ。強いやつ、弱いやつがいてよ。だったら、亜人も『ちょっと強いニンゲン』だと思えばいいじゃねえか」

「……予想外すぎて言葉がない。そんな見解は聞いたこともなかった」

「うまくやっていきたいなら、仲良くしろ。その気がないのなら、戦争しかない。生存を賭けて延々とな。オレはそれが嫌だから、ニンゲンも亜人も同じように扱う」



うまく伝わったかわからんな、言葉にしようとするとまた別の意味になってしまうような気がして。

それでも今のは偽らざる胸のうちだった。



「この獣人の少女は、知り合いに少し似ている」

「へえ、お前に亜人との繋がりなんてあったのか?」

「まぁ、極々最近に。人族と変わらない、普通の少女なんだろうな」

「言わんとしてる事はわかるが、うちの娘は特別だ。我がエィンジェルを目にして普通とは何だ」

「フッ、私は今真面目な話をしているんだが?」

「オレだって真面目だ。シルヴィアは今世紀最高の、世界が誇るべき宝物だ」

「は……ハハハッ! 豊穣の森の魔王は子煩悩だと噂に聞いていたが、予想以上だぞ!」



アルノーの笑い声が弾けたように辺りに響く。

それは屈託や迷いのない、気持ちの良い笑顔を伴っていた。

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