第93話  名前の知らない者同士

パキッ パチリ、パチリ……。


何かが弾けるような音で目が覚めた。

一体あれからどうなったんだろう?

猛吹雪の中取り残されて、何者かが近寄ってきて、それから……。


周りを確認しようとしたが、依然として目は見えなかった。

声も同じく、一言も発する事ができない。

聞くか触れるかしか、情報を得る手段は残されていない。


耳を澄ましていると、パキリという音が度々聞こえてくる。

周囲の温かさを考えれば、暖炉か何かがあるのだろう。

そうするとここは民家……なのか?

誰かが歩み寄ってくる気配が聞こえた。

足音のする間隔からして子供だろうか。



「お兄ちゃん起きたんだね? 良かったぁ生きてて!」

「う……あぁ?」

「無理しないでいいよ。今はゆっくり横になってね。後で温かいもの用意するから」



子供の、少女の声が聞こえた。

敵意は感じない、本当に私の無事を喜んでいたように思う。

他に誰か居ないのだろうか?

できれば大人が居ると良いのだが。



「お父さん、あのお兄ちゃん目を覚ましたよ」

「そうか、それは良かったな」

「ねえ、おゆはんのスープを出してあげようよ。私が飲ませてあげるから」

「そうだな。一度にたくさんを飲ませちゃダメだぞ。ゆっくりとな」

「大丈夫、わかってるわよ!」



どうやら保護者が居るようだ。

もしここがグランニアに近い地域なら、大人であれば私に気づくかもしれない。

その可能性に賭けるしかない。

グランニア自体は雪国からは程遠い温暖な国であるが。



「目を覚ましたようだね。具合はどうかな?」

「うぅ……あぁう!」

「口がきけないのか? それと目も見えていないのだね?」



私はいくらか迷ってから、首を縦に振った。

隠し事をしても無意味だろう。

それならばコチラの状態を正確に伝えるべきだった。

相手が悪人である可能性もあるが、疑って好転する状況では無かった。



「それは難儀な。その様子では吹雪が止んでも出歩くことは難しいだろう。天候が落ち着いたら一度医者に診てもらおうか」



それだけ言うと、男は口をつぐんだ。

余計な話をするつもりは無いらしいが、その方が好都合だった。

そこへ見計らったかのように少女が食事を持ってきた。

トマトベースらしきスープの香りが鼻をつく。



「じゃあお兄ちゃん、アーンして」

「う……、うぅぅ」

「ほら、冷めないうちに飲まないと。体を温めようよ?」

「う……」

「はいっ、良く飲めました! じゃあ次いくからねー」



状況として仕方ないのかもしれないが、屈辱だった。

まさか少女にこのように介護される日が来ようとは。

せめて目が見えればと思うが、光は戻ってこない。

口がきければ身分を明かせるが、まともな言葉は発せられない。

まさに八方塞がりだった。


もはや気持ちを切り替えるしかない。

今は体力を取り戻すことを優先しよう。

そして十分に動けるようになってから、次の手段を考えよう。


食事を終えたあとは、促されて横になり、逸る気持ちを抑えつつ眠りについた。

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