第91話 執政官よ さらば
レジスタリアの政務が滞っていた。
関係各所は混乱を見せ始め、オレの所にまで陳情者が現れる始末だ。
もちろん、原因はオレが休暇を取ったせいじゃない。
オレがいない間もクライスが、塔のように積まれたお菓子を平らげるついでに、数々の仕事を片付けていたのだから。
問題が起きたのは、休暇から戻って数日後の話。
手土産をクライスに手渡してからの事となる。
「クライスよぉ、そろそろ戻ってこいよ。いつまでそうしてる気だ?」
「あぁぁ……、あばばばぁぁばっばぁ」
ここはクライスの居室だ。
元々高官だった上に今じゃ重鎮の一人だからか、豪華絢爛な部屋に住んでいる。
深紅の色が映える重厚なソファ、彫りの緻密な美しい暖炉、繊細なデザインのカーテン、異国の美術館にでも展示されてそうな巨大な絨毯。
その美しいがうるさくない調度品に囲まれる形で、天蓋付きのベッドが置かれていた。
まるで新雪に埋もれるように、純白のベッドに横たわるクライスはずっとアバアバ言ってる。
あの傍目から見たら理知的に見える、執政官クライスがこのザマだ。
手土産にコッソリ「超絶ゲキ辛せんべえ ※食べたら死ぬ」を混ぜたのが原因らしい。
ちょっとしたイタズラ心のせいで国が傾き始めたもんだから笑えない。
つうか、せんべえもお菓子じゃん。
お茶によく合うじゃん。
甘いもの以外はお菓子にカウントしない派なのか?
それに関しては異をあげさせてもらうぞ。
しばらくすると、入り口のドアが遠慮げにノックされた。
音を立てず精錬された動きで入室してきたのはシャルロットだ。
自分の仕事もあるだろうにコイツの世話までしてるのか、真面目というかマメというか。
「シャルロット様、何もこのようなむさ苦しい場所にお越しいただかなくても」
「いいのです、クライス様。私が勝手にやっている事ですから」
「いえ、仮にもあなた様はプリニシア王女なのですから、下女のような真似はさせられません」
「フフフ、それには『元』が付きますの。今の私はクライス様の家来なのですから」
おいおいおい、なんだその様変わりは!
ベッドから半身を起こしてキリッとしちゃってんじゃん。
アバアバなんてうわ言を聴き続けたオレの立場はどうなるんだ。
「魔王様、あなた様もお忙しい身でしょう。看護は私が致しますので、お引き取りいただいて構いません」
「シャルロット様! そのような事は領主様が致しますから、あなたこそお戻りください」
てめぇクライスこの野郎。
お前は自分で何を言ってるかわかってるのか。
やっぱり敬意ではプリニシア王家の方が、オレよりずっと上なんだろう。
内通や裏切りの類を警戒すんぞ、オウ?
そこでオレに稲妻が駆け抜けた。
なんつうか、こう……ピンッときた。
このクライスのバカも、嫁候補として押し付けられたシャルロットの扱いも片付く方法を思いついたのだ。
今が正に決行にうってつけの場だった。
オレは椅子から立ち上がりながらシャルロットに告げた。
「お前も忙しいだろうが、ちょっと頼みたい。クライスは無理がたたって倒れてしまった。しばらく傍にいてやってくれ」
「承知いたしました。クライス様を元気づければよろしいのですね?」
「コイツは病的な寂しがりだ。可能な限り傍にいてくれ、手を握ってやったりすれば尚良いな」
「はい、それではしばらくの間クライス様に寄り添います」
「頼んだ、担当の仕事についてはオレが調整しておく」
バタン。
やった、やってやった!
これが一挙両得ってやつだ。
クライスはシャルロットが傍にいれば自分を取り戻す。
そしてずっと二人きりにして居れば、新しい感情が目覚めることもあるはずだ。
これをきっかけに恋心でも芽生えてくれればこっちのもの。
魔王への輿入れなんてウヤムヤになるだろう。
オレに嫁がせるつもりで送り込んできたプリニシアも、ウチのナンバー2が相手なら文句はあるまい。
つうか、この二人がくっついたらクライスが次期プリニシア国王か?
やったじゃないか、その時は盛大に送り出してやる。
忙殺されない程度に王様業頑張れよっと。
ドア越しに聞こえる、クライスがオレを呼び止める声を無視して、オレは家に帰った。
執政官よ、さらば。
こんにちは、新国王陛下。
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