第90話 原野の輝き
レジスタリアの執務室。
オレはそこでがっぷり四つ組んでいる。
比喩じゃなくて物理的に。
誰とって聞かれればクライスと。
こいつは細腕の癖にオレとタメ張ってやがる。
どこにそんな力が隠されてんだ。
「だから大人しく、留守番してろっ、つの!」
「一度くらい、私も旅行に、連れていって、ください!」
「お前は、先月長期休暇を、とったばかりだろうがっ」
「過去は過去、今は今、ですよ!」
ヤポーネに数日出掛けると言ったら駄々をこねだした。
目の前の四十男が外聞もなく。
あそこ特有の菓子を食いに行きたいらしいが、自分の休暇の日に行けよと思う。
この前の休暇はゴルディナで輸入菓子を漁ってて、ヤポーネには行ってないらしい。
知るかっ!
「じゃあお前に預けた姫さん、シャルロットはほったらかしにするのか?」
「っ!……それは」
「あの子は真面目だからな、急な旅行なんか断って仕事するだろうな。お前はプリニシア女王の実子をぞんざいに扱うのか?」
「う、う、うわぁぁああ!」
四つん這いになりながら両手で地面を叩いて咽び泣くオッサン。
重ねて言うがこれもお菓子を食いたいがためで、混じり気の無い涙なのだ。
あほくさ。
「いい加減に聞き分けろよ、一応国のトップだろうが」
「ううぅ、ぅぅぁあぅ」
「クロダンゴ、ズダ・モティーナ、アンコスープ」
「ぅ……」
膝を折ったクライスが徐々に起き上がる。
頑張れ、お前が倒れたら、誰が面倒事をひっかぶるんだ!
「シンゲン・モッティーノ、サケダイフク、ゴッカホー、デンチウ」
「領主様、お気を付けて行ってらっしゃいませ。お土産は各種二個セットでお願い致します」
「いいだろう。シャルロット用にか?」
「いえ、周回用です」
「お、おう」
かつての主君に忠誠心を残してはいるが、こればかりは別らしい。
分けてやる気はサラサラ無いようだ。
こうしてオレは糖分魔王を口車にのせ、旅行に行くこととなった。
出立の日、オレ達は前回と同様に船で向かった。海に寄らずに直接入国したから、到着したのは昼過ぎだった。
桟橋に着くと、月明に鎧の神が出迎えてくれた。
「魔王殿、再びの来訪に感謝の言葉もない。心行くまで楽しんでいってほしい」
「そうさせてもらうぞ。これから花の神の所へ行きたいんだが」
「これは良いときに来たな、客人。このまま直ぐに向かわれるか?」
「荷物も少ない。直接向かおうと思う」
「では拙者がご案内致す」
いつぞやのように鎧の神に伴われて草原に赴いた。
月明は忙しいようで同席をやんわり断られた。
景色を楽しみながら歩いていると、前方に花畑に座り込んでいる女が見えた。
花の神だ。
また花占いをしているらしく、彼女の周囲で花びらが一枚、また一枚空を泳いだ。
「いいことない、いいことある、いいこと……ない!」
「おぅい、花の神よーぃ!」
「あらあら皆さん、よくぞお越しでー」
スクっと立ち上がった花の神は、あいも変わらず優しい笑みをたたえていた。
前と違う点は、手に長い木の棒を持っている事だ。
何かの儀式に使うんだろうか?
「ようこそいらっしゃいましたー、この時期に来るなんてとてもラッキぃぃいいーー……」
「は、花の神!」
「またか、また穴に落ちたのか!」
ほんと学習しねえなコイツ。
側に近寄ると、木の棒を穴の入り口に引っかけてぶら下がっていた。
足の付かない深さだから、見ていて辛そうだ。
ほどなくして駆け寄った鎧が引き上げた。
「ありがとうございますー。助かりましたー」
「花の神よ、その棒は落とし穴対策であるか?」
「そうですそうです。これがあれば落っこちても無事なんですよー」
「いや、無事じゃねぇだろ。落ちない努力をしろって」
「今日皆さんにお越しいただけて嬉しいですー。年に数日しかない素敵な夜をお見せできますよー」
「無視か!」
話によると、一番の見頃は夕方から夜にかけてらしい。
その時間が一番派手というか見頃なんだとか。
まだ時間が余っているから、適当に時間を潰すことにした。
草原でしばらく寝転がっていると、グレン達の楽しそうな声が聞こえてきた。
3人くらいで騒いでいるが、どうやら占いをしてもらってるようだ。
「グレンお兄ちゃん、いいことないだってー!」
「そうなんだ、なんかショックだなぁ」
「兄様、気持ちです。気持ちが負けたときに不運はやってくるでしょう」
「そうだね、思い込みってやつだよね。うん」
「ウフフ、信じるも信じないも自由ですよー」
グレンは良い事無いと出たらしい。
オレは占いの類いは信じない方だが、ここのは別だ。
占いというより暗示に近い気がする。
神様の能力ってヤツかもしれない。
そうこうしているうちに陽が傾き始め、辺りが赤く染まり始めた。
間もなくオススメの時間帯らしいが、どんなもんやら。
周りの景色を眺めていると、花ビラの隙間や草の葉の先がボンヤリと光り始めた。
最初は数えるほどしかなかった光は、陽が落ちるにつれ、次第に増えていった。
その光は淡い緑色をしていて、夕焼けと入れ替わるように周りのもの全てを染めていった。
足元から発光する珍しい輝きは、明かりもなしに周囲を視認できるほどだった。
「すごい、きれい! ガラスだまの海みたい!」
「へぇ、噂にはきいてたけどキレイねぇ。これが全部虫の光だなんて驚きだわ」
「これはオータルという虫で、この時期だけ光る特別な虫なんですよー。今年は例年よりも多いからアタリですー」
たしかに派手だし、見応えはあった。
例年よりも多いというから、尚更来てよかったと思う。
さっき「いいことない」なんて出たようだが、やはり気の持ち様だろう。
みんながウットリ眺めているときにツムジ風が吹いた。
それは多くのものを風で煽り、ミレイアの帽子をさらっていった。
「あ、帽子が」
「あんなとこまで行っちゃったね。僕が取ってくるよ」
「すみません、兄様」
さすがグレン、妹思い。
オータルの光のおかげで、ここからも帽子がよく見えるな。
光の中をグレンが進んで行く。
その様はどこか幻想的で、神秘的で……。
「う、ぅわぁぁああー……」
「兄様?!」
「大変だ! グレンが穴に落ちたようだぞ」
「待っててください! 今アシュリーちゃんが助けに、ギニャァァアアーー……」
助けに行ったはずのアシュリーも綺麗なポーズで穴に飲み込まれた。
ミイラとりがミイラになった典型例だ。
アホかっつの。
これ以上手間を増やさないためにも、オレが行った方がいいんだろうな。
他の穴に落ちないように慎重に進むと、目的の穴に辿り着いた。
「ほら、グレン。トリ女。捕まれ」
「アルフさん、ごめんね」
「トリ女って、もうちょっと言い方が……ヘブシッ」
「ば、バカ! 変な引っ張り方を、おわぁぁああーー……」
結局オレまで落ちるという三次災害。
穴の中で仲良く団子状態になってしまい、救助がいくらか難航した。
「ごめんね、みんな。僕の運勢が悪いばっかりに」
「グレン違うぞ。アシュリーのは不注意、そしてオレはその被害者だ」
そんなオレ達を見て、花の神はニッコリ微笑んでいた。
もしかすると、コイツは思ったより怖い神なのかもしれない。
そう心の中で呟いた。
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