第70話 タスクは減ることよりも 増えることの方が多い
今日は珍しい客が来ている。
プリニシア女王だ。
しかもレジスタリアの執務室ではなく、豊穣の森の家にだ。
報告がてら、シルヴィア達の顔を見たいとのことで、分不相応な接待となっている。
まぁ、一応プリニシアはこっちの属国だからな。
本来は気を遣うのは向こうなわけで、オレが気を回す必要はない。
女王本人も、その従者の身なりや所作は流石と言ったところで、背景になってある我が家が酷く場違いに感じられる。
美人画を描いていて、背景が地獄絵図や戦争絵巻になってしまったかのような違和感。
そんなこちら側の思いとは違うのか、女王の口はとても滑らかに動いた。
「厚かましい事と承知で申し上げます。皆様方に我らが居城にお住みいただけたら、私共も心安いのですが。」
「あー、前も言ったけどそれはナシな。」
実はお試しでプリニシア城に皆で住もう、なんて話が持ち上がったことがある。
まずは2泊のつもりで行ったのだが、うちの連中の評判はすこぶる悪かった。
はしゃぎ倒したシルヴィアとミレイアは何度も迷子になり
手近な作業小屋がないことをグレンは嘆き
森が遠いことをアシュリーはブツクサ言い
訓練場が狭すぎて、まだ草原の方が良いとエレナは見切りをつけ
調理場が使いにくいとリタは珍しく憤慨した。
つまり初日で全員がノーを突きつけたのだ。
流石に一日も居られないのではと、急遽取り止めになった。
庶民感覚で生きてきたオレ達がいきなり王族デビューなんて、土台無理な話なのだ。
プリニシアの連中からしたらオレを用心棒のセンセーみたいにしたいんだろうが、そこは諦めてもらおう。
「では・・・先日書面で報告した件です。亜人奴隷の全員の解放に身分保証が完了しました。」
「そうか、ご苦労。随分とかかったな。」
「やはり国の根幹に絡む話でしたので、実に骨が折れました。利権に関わるとして、有力な商人共が猛反発しまして。一手誤れば大規模な反乱になりかねませんでした。」
「まぁ、一番金と権力を持っていた集団だろうからな。一筋縄じゃいかんか。」
「そういった手合いに借金をしている貴族も多く、場合によっては兵を動員する必要もありました。」
「まぁ、それでも成功したならヨシとしておけ。街の人々の反応はどうだ?」
「一部を除いては、意外にもアッサリ受け入れています。今まで村の外れに暮らしていたものが隣に越してきた、くらいの受け止め方をしているようで。」
案外一般人からするとそんな感覚なのかもしれない。
上の方針が変われば、自分の暮らしのためにもそっちを向き始める。
ただそれはあくまでも人族側の考えであって、散々虐げられた亜人側の気持ちは別だろう。
今は時間が解決することに期待して、生活空間を離す必要がありそうだ。
結局、彼らが自立できるだけの土地や物資を渡すことに決まった。
彼らの領有が難しいプリニシアと、これ以上面倒を増やしたくないオレとでは結論が出せず、獣人の町ロランを中心とした自治区の誕生を目指す事とした。
後で代表者を集めて話し合わないと・・・ほんとタスクが減らねぇな。
ちなみに隣にいたクライスは恐縮しきりで、まともに発言すらしなかった。
改めてこの女王の人望に驚かされたし、この鉄面皮野郎に怒りを覚えたのだった。
帰り際に女王が顔を曇らせつつ言葉を残していった。
隣国のグランニア帝国の動きが活発だとのこと。
お互いに不意を撃たれないよう気を付けようと言って、その日は別れた。
そしてその別れを見計らったかのように、オレは乳白色の部屋へ招かれた。
モコ先生による勉強会だろう。
強制的に机に座らされるのはほんと勘弁して欲しい。
あの空間では睡眠どころか、腹も減らないしトイレの必要もないが、話を聞いてると何故か眠くなるんだよな。
脳が拒否してるんだろう。
これからまた小難しい話と、モコの呆れ顔が待ってるかと思うと酷く憂鬱な気分にさせられた。
「やぁ、良く来たね。」
「良く来たねって、お前が勝手に呼ん」
「それじゃあ始めようか。」
「無視かよ。」
予想通り小難しい話に終始する。
やれ魔力の歴史がどうの、やれ種族の歴史がどうのという話だ。
正直歴史なんか関係ないだろ、生きてんのは今なんだから。
「アルフー聞いてるー?」
「グーグー。いいえ、それは雑巾ではありません。手拭いですグーグー。」
「うん、寝てるね。起きろ!」
「いっってぇ!」
「知らないことばかりじゃマズイからやってるんだよ?少しは真剣になってよ?」
「わかったから刃物投げんのやめろ!」
「じゃあ、ここ前の話にうつるよ。この前、森人の愛 を手にいれたよね?」
「ああ。かなぐり捨てたくなる名前してんな。」
「これはね、君に加護を与えるもので、すっごい役立つんだよ?捨てるなんて・・・。」
「お、一体どんなもんなんだ?!」
そんなに便利なものなら捨てることもない。
そしてオレがその加護を口に出すときは、森人の卑猥、とでも言えば良いだけだし。
「豊穣の森の中での戦闘がグッと楽になるよ。エリア内であれば、魔力の収束速度が倍、魔力消費量が半分になる。」
「ほう、そりゃかなりお得じゃないか?」
「お得なんてもんじゃない、君の力を縛ってるのは魔力消費量くらいしかないんだ。その君に消費半分なんて、狂犬の首輪を外すようなもんさ。」
「狂犬ってこら。お前の耳を噛みちぎるぞ。」
狂犬ってフレーズに妙な嫌悪感を覚えた。
それ関係で前に嫌なことがあったような?
なんだっけ。
「他にも君は、獣人の絆 ってのを持ってるよ。これは多くの獣人から信頼されるほど、またその信頼が厚いほど君は強くなるよ。具体的には魔力浸透率がすごく良くなる。」
「なんだ浸透率って。」
「浸透率が良いほど、より少ない魔力で魔法が使えるようになる。常時エンチャントしてる君には必須項目だね。」
「ほぉー、それはまた便利だな。」
「正直なところ、獣人の絆がなければアシュリーを救えなかったね。」
「マジか、どうなってたと思う?」
「あの触手の怪物を倒せなかったかもね。」
「なんだ、結末が全く変わるじゃないか。」
話を聞いててふと気になることがあった。
もしかして今すごい事聞かされてないか?
「話を聞いてると、オレここいらで戦えば・・・。」
「まぁ、基本的には無敵かな。加護の力は重複しても働くからね。収束が倍、消費量半分のうえ、より少ない魔力で戦えるってこと。」
「もう移動要塞みたいなもんだな、難攻不落の。」
「まぁそもそも君は魔力の使い方が絶望的に下手だから、調子に乗るとすぐ枯渇するよ?」
相変わらず憎たらしいヤツ。
顔でため息つくのほんとやめろ。
「この前の君を見て思ったんだ。目安がないから、上限を知らないから無茶するんじゃないかって。」
「まぁ、自分でもセーフティラインがわかってないな。」
「フルパワーを使うのは、一日2回までにしてもらえる?森の中でも5・・・いや4回に。」
「それ以上使うとどうなる?死ぬか?」
「いやいや、死なないけども。それ以上使うと一日で魔力が回復しきらないから。特に連日連戦の時なんか怖いなって。」
「回復量以上の戦い方を毎日のように繰り返すと、枯渇か?」
「うん、きっと変なタイミングで突然きちゃうから。そうなったら戦闘中だったら助からない。だからこの回数の事は絶対忘れないで。」
「わかった、基本2回。森の中でも4回だな?」
「わかってくれて何よりだよ。」
思いの外自分が強くないことに驚いた。
今まで無敵の顔で戦ってきたが、意外に制約が多いもんだな。
まぁ、連戦にならなきゃ大丈夫っしょ。
今まで通りジャンジャンっしょ。
ジト目のモコを無視しつつ、オレは話の続きに耳を傾けたのだった。
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