第69話 アシュリーの変化
今日はアシュリーと出掛ける日だ、気が乗らんが。
朝食食ったら集合と言ったのに、もう一時間も降りてこないぞ。
いったい何をしているのやら。
こっちはコロとひとしきり遊び終えて、既にマッタリしてしまっている。
呼びに行こうかと思った頃、アシュリーが降りてきた。
「あ、あの・・・待たせちゃってごめんなさい!恥ずかしくない格好にしようと服を考えてたら決まらなくなっちゃって!」
「お、おう。構わんぞ。」
「あの、これどうです・・・か?」
なんか上目使いで評価を聞いてきたぞ。
服装はなんというか、清楚な感じ。
身体を見せびらかすような首回りやら背中やらが開いた服じゃなく、首までボタンがしっかり閉じている。
それが却って大きな胸を強調しているようにも感じるが、それはどうでもいい話か。
落ち着いた色合いだけど胸元に繊細なリボンの装飾のある、地味すぎないトップス。
スカートは膝下まで丈のある、黄色地で裾に刺繍の入っている清涼感の感じられるものだ。
普段のナマ足全開のスタイルとは雲泥の差だぞ。
なんというか品があって、ちょっとした貴族の令嬢って感じだな。
つうかそんな服持ってたのかよ。
着てるとこ初めて見たんじゃないか?
「うん、まぁ・・・似合ってると思う。」
「本当ですか?!嬉しい!」
手を合わせて満面の笑顔になるアシュリー。
お決まりの煽り文句や早口は一切ない。
やりづらい・・・。
それはもう、非常に・・・。
なんというか、ムッツリヘタレロード!なんて言われてひっぱたいてる方がはるかに気楽だったな。
こんな態度で来られてもリアクションに困るわ。
今日はレジスタリアの街の視察だ。
復興状況やら街の人の話やらを聞いて回る。
余った時間で買い物やら飯やらって感じだ。
エレナのときと変わらんって?
デートプランが貧弱だ?
オレはデートだと思ってないからそれでいいんですぅ!
レジスタリアの街を一緒に歩いている。
前のアシュリーだったら、暴力的な巨乳をフル活用して腕にしがみついて来ただろう。
今や一歩遅れるようにして付いてくる。
ふと気になって振り向くと、目があって値千金の笑顔で返してくる。
うーん、この古風な良妻感・・・。
いつだったか正妻レースでの、リタ独走状態について悲観したことがあった。
リタを止めろと、エレナとアシュリーはもう少しライバルっぽくあれと願ったものだ。
独走状態のままでいられると、うっかりカップリングされかねないと思ったからだ。
しかしその祈りの結果がこれでは、何ともやりづらいし居心地も悪い。
そう思ってしまうのはオレのワガママなんだろうか?
まずはクライスの居室に向かった。
相変わらず大量の書類と糖質類に囲まれてながら働いていた。
天井に迫る程に積み上げられたお菓子の塔は、絶妙なバランスを保ちながらそびえ立っている。
「おや、今日はアシュリーさんもご一緒ですか。珍しいですね。」
「クライスさん、いつもご苦労様です。お忙しいようですが、お体は辛くないですか?」
「ええっ?!どうしたんですかアシュリーさん。何か変なもの食べましたか?それとも糖分不足ですか?!」
珍しく動揺して体を起こし、かなり失礼な暴言を放つクライス。
まぁ、こんだけ人が変わったら驚くよな。
糖分不足を気にするのはどうかと思うが。
むしろお前は糖分次第ではおかしくなるのか?
オレは確認事項や報告を聞いてから部屋を後にした。
次は守備・警備担当のアーデンだ。
アーデンとアシュリーはそれほど面識がないから、驚かれる事はないだろうが。
城壁前に着くと、無骨で長身の男が部下に喝を入れているのが見えた。
相変わらずの指導熱、アツい男だ。
「よう、アーデン。今は間が悪かったか?」
「おっと、魔王の旦那!そんな気を使わずにいつでも・・・って今日はまたベッピンさんをお連れで。」
「やめろ、妙な援護射撃はやめろ。」
「何を照れてんですかぃ?オレもいつかはこんな美人を連れて街を歩きたいもんですな。」
「アーデンさん、ご無沙汰しております。剣だけでなくお世辞もお上手なのですね。」
「あ、いや、そんな。オレはただ正直に話しただけでして。へへっ、へへへ。」
見るからにデレデレになるアーデン。
時と場所を考えろよ、部下がそんなお前見て困惑してるぞ?
説教中じゃなかったのかよ。
それにしてもアシュリーのこの「美少女力」はやべえな。
確かに見た目は完璧だからな、好み次第かもしれんが。
今までは性格が残念だったから今ひとつ評価が上がらなかったが、今の態度であれば評判になるんだろうな。
ニンゲン嫌いのはずが、良妻スマイルを全く崩そうともしないし。
これはなんというか・・・手強くなった。
隙らしいものが見えてこない。
なんとなく間がもたずに、少し早めの昼食をと食堂へ向かった。
アシュリーは嫌な顔一つせず、はい、とだけ言って付いてくる。
気まずさを払うように、店に入るなり店員に注文を入れた。
まだお腹が減ってないからと、アシュリーはホットミルクだけだ。
肉料理のオレとは違って、ミルクだけ先にやってきた。
アシュリーはそれを机に置いたまま両手でコップを包み込むようにし、遠目からフゥーフゥーと息を吹き掛けている。
そうしていたかと思うと、コップをまた両手で持ってゆっくり飲み始めた。
少しだけ飲んではアチチとか言って舌を出す。
その繰り返しだ。
あざとい。
あざといよなコレ?
アーデンあたりはコロッとやられそうだが。
幸いオレは、うす~~くイラッとしただけで、被弾はしていない。
こういうのを見てると、「待つか飲むかハッキリ決めろ」とか思ってしまう。
しばらくしてからオレの料理も出てきた。
焼いた牛肉を切り分け、レモンの汁と岩塩を振りかけたものだ。
パンと小さなレタスサラダも付いている。
いつもなら機嫌良く食べるものだが、今日ばかりは味が良くわからん。
やっぱり慌てたようにかきこんでしまう。
料理が来てから一層気まずくて仕方がない。
なぜならアシュリーがずっと見てるから。
それはもうすっげー笑顔でさ。
目が合うと少し首を傾げて、さらに笑顔になる。
オレは、笑えって言ってんじゃない、見るなって言ってんの。
肉料理をホットスナックのペースで完食し、逃げるようにして店を後にした。
行くべき場所も見つからずに、中央の噴水広場にやってきた。
やはりまた意味もなく噴水の縁の部分に腰をかけた。
アシュリーも拳一個分空けた位置でそれに倣う。
そして穏やかに口を開いた。
「この前は、私なんかのために・・・本当にありがとうございました。」
「いや、まぁ・・・当然の事をしたまでだし。」
「それで・・・改めてお礼が言いたかったんです。」
「あんま気にしないでいいぞ。」
「どうすれば恩返しができるのかなって、ずっと悩んでしまうんです。リタのように家事ができるわけでも、エレナのように目立った技術もありませんから。」
「いや、いつも通りしててくれりゃいいから。」
ほんとにそう思う。
これ魔王様の本音な?
余計なこと考えんなよ、マジで。
いやマジでお願いします。
なして オメエさんは オラさ手ぇ 握ってんだべ?
「私に出来ることは多くありません!でも何もしないのも辛いんです。」
「あ、いや、あのな」
「だから、せめて。せめて私の身体で・・・。私自身を受け取ってください!」
「・・・ォゥッフゥ。」
変な声出たじゃねぇか!
つうか、こいつやっぱりアシュリーだ!
発想の根っこが完全にそれじゃねぇか!
いつも通り頭ペシーンやって茶化していいのか?
マジなトーンできてるけど、すっごい潤んだ目ぇしてるけどやっちゃっていいよな?
その時、不思議なほどに周りの声が聞こえた。
これは・・・ボール遊びしてる子供たちの声だ。
「いくぞー、ちゃんととれよー。」
「よっし、こーーい!」
「死ねぇ!ギャラクシアン・パトリオット・シューティングスター!!」
「あ、どこ投げてんだよ~。」
「あ、あぶなーい!」
オギャン!
それは一閃。
流れ星のような一筋の光が、アシュリーのこめかみを正確に撃ち抜いた。
転がるボール。
頭から噴水に突っ込むアシュリー。
それを他人事のように眺めるオレ。
慌てて子供たちが謝りにきたので、心配ないことを伝えておいた。
少年たちよ、次からは人気のないところでやりなさい。
助かったがな。
それからアシュリーを救助してやった。
そしたらいつものアホの子に戻ってた。
なんでもここ数日は頭がボンヤリしてて、記憶も断片的にしか残ってないんだとか。
「でももう大丈夫、みんなのアイドルことアシュリーちゃん大復活です!」
そう胸を張って言う様は、懐かしさを感じるほど彼女らしかった。
ようやくこれで本当の「おかえり」だな、アシュリー。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます