第68話  戻ってこい

一面乳白色の空間。

モコに呼び出される時は、いつもここだ。

あんな情況で呼び出しやがって、空気読めよ。

目の前の空気読めてない猫は、呆れきった顔でオレに話しかけた。



「君ってほんと無茶するよね。リンクが何本も焼ききれる程魔力を放出するなんてさ。」

「うるせぇ、見てたらわかるだろ。」

「まぁね。君は普段あんな態度なのに情に脆いところあるからね。」

「脆いとかそんなん言ってる場合じゃないだろ。」



この世界に居る間は、現実世界の時間が止まってるらしい。

でもそういう問題じゃない。

一刻も早くアシュリーを助けてやりたい。



「あ、アシュリーはもう大丈夫だよ。だから呼び出したんだし。」

「え、大丈夫なのか?!」

「あの瞬間に魔法のリンクが繋がったんだよ。だから回復魔法が効いて、彼女は峠を越えられるよ。」

「本当か?勘違いとかじゃないよな?」

「疑り深いなぁ。証拠にホラ。」



そういってモコは光る玉のようなものをオレに渡した。

握りこぶし大のその光は、オレの手に乗ると、スウッと胸の中へ消えていった。



「な、なんだ今のは?」

「おめでとう。君は【森人の愛】を手に入れたよ。」

「手に入れたって言われてもな、何がなんだか。」

「詳しく説明してもいいけど、あとの方がいいよね?アシュリーが気になるでしょ?」

「まぁな、急ぎじゃないなら帰りたい。」

「やっぱりそうだよねぇ、帰りたいよねぇ。」



口に手を当ててニヤニヤ笑うモコ。

明らかに猫の表情ではない。



「その辺含めて近々勉強会やろうね。そろそろ君にも知ってもらいたい事もあるし。」

「わかった、考えておく。」



やる、とは答えないオレはずるい大人。

どの日にやる、なんて事は絶対に言わない。



「自分の事なんだから、もう少しやる気だしてよね。」

「お前は説明が下手だからな、乗り気になれない。」

「これでも大分かみ砕いてるんだけどね?まぁ、そろそろ戻りなよ。急に呼んで悪かったね。」



徐々に世界が切り替わっていく。

乳白色が薄れていき、一度視界が白くなる。

そして元の世界に戻り、色が、音が、時間が戻っていった。

それはアシュリーに回復魔法がかかった瞬間だった。

オレとリタの魔法が合わさった、上位の魔法だ。

みるみる力を取り戻したアシュリーは、ムクリと起き上がった。

まるで何事も無かったように。


その場に居た全員は涙と歓声で応えた。

オレとリタはさすがに力尽きて床にへばってしまうが、それでも元気になった姿を見届けた。

ったく、本当に世話の焼ける。

こっちは全員がボロッボロだっつの。




でもまぁ、おかえり。




それからしばらくして、完全に体力の戻ったアシュリーは森の仕事も再開した。

食事もしっかり摂るし、こまめに休憩を挟んでいるのか家に戻ってくるようになった。

誰もが安心して胸を撫で下ろした・・・はずなんだが。



いつもの昼食後。

みんなはそれぞれ散っていったが、窓辺にアシュリーが残っている。

窓の外を憂いを含んだ目で眺めては、大袈裟なため息を吐く。

最近見かけるようになった、新しい日常だ。

遠目から観察しているオレ達は不安な目で見守っている。



「なぁ、あれで戻ってんだよな?なんか前と違うようだが?」

「主よ、何を他人事のように。」

「これ、アルフのせいでしょ。」

「オレかよ、なんでだよ。」

「惚れた男が危険を省みず戦い、自分の命まで救ってくれて、さらにプロポーズまで言われたらね?」

「おい、最後の待て。」

「その意図はなかったって言うつもり?見てみなさい、ホラ。」




   アシュリー、死ぬんじゃない。お前が居なきゃ生きていけない!だなんて・・・私の事をそこまで想ってくれるなんて。はぁ・・・。




「いやオレそこまで言ってないし。」

「死線上での記憶だ、多少あやふやになっても仕方あるまい。」

「その結果彼女は変わってしまった。女ってのは変わる生き物よ、アルフ。」

「妙な言い方すんな。変わったというより転生に近くないかコレ。」



なんというか、うわっついた所が消えているのだ。

前のようにウザイ絡みや調子コキみたいなのが全くない。

有り体に言えば・・・少女から女性になったような感じか。



「アルフ、ここは一つ責任をとって夫婦に」

「断る。なんで頑張った挙げ句に罰ゲームを受けにゃならん。」

「罰・・・。なぜそこまで拒むのだ?アシュリーはかなりの美人だろう。」

「そこだけだろ。他の部分は散々じゃねぇか。」

「まぁ、否定はしないわね。でも今のあの子は違うかもしれないけど。」

「オーケーオーケー、ひとまず結婚ありきの議論から離れようか。」




魔王軍の首脳会談が立ち話で開かれた結果、とりあえずアシュリーとデートに行ってくることになった。

休息に充てようと思っていた時間が、降ってわいたような償いによって消えていく。

かつて週のほとんどをゴロ寝して過ごしていた事なんか、もはや霞んだ記憶の中にしかない。

コイツのこの変化も、エレナの時のように一時的なものだと良いんだが。


ちなみにシルヴィアとミレイアの間で「アシュリーごっこ」が流行ってしまってるらしい。

子供にとって強烈な出来事だったろうから、頭に強く焼き付いているせいかもしれないが。



「アルフ、ごめんなさい。私はもう、お別れです。」

「バカなことを、いうなアシュリー!オレは、おまえなしじゃイヤなんだ!もどってこぉーーい!」

「まぁ!あんなに痛かったのに、もう痛くないです!」

「アシュリー、よかった。ずっといっしょだ。あいしてるぞアシュリー!」

「あぁ、アルフ!私も、私も愛しています!」



おいそんなシーンは無かっただろ。

捏造すんな!


こうやって人の記憶は改竄されていくのかもしれない。

歴史が歪んでしまわないよう、しっかりと修正していかなくては。

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