22-2



 ジュカに移り住んでからの私は防衛以外の時間をかなり持て余した。

 一人になると寂しさでどうにかなりそうだったので、かつてリムスロットでもそうしていたように各区域へ赴き作業の手伝いを申し出た。ところが、どこの責任者もあなたはそんなことをする必要はないと言い門前払いにした。唯一の拠り所を奪われた私は、結局自室で悶々とする日々を送らなければならなかった。


 一人でいるとメイルのことばかりを考えた。彼の顔や身体、彼の感触や温もり、彼の優しさや私に対する思いなどが延々と頭の中を駆け巡る。早く会いたいとか一人が寂しいとかいう感情は当然あったが、それ以上に彼への愛情が強すぎる自分に参った。

 今はなにをしているのだろう。そう考えることは一日に何度もあって、酷い時には一日中それが続くこともあった。布団の中でお守りの首飾りを両手で握り締めながら彼の睡眠の成功を祈って涙を流すことはもはや日課となり、むしろそれをしないと一日が終わらないとまで思うようになっていた。


 外部通信を使って直接会話をすることもできたが、リムスロットを出る前に二人で話し合ってそれはしないことにしようと決めていた。一度でも相手の顔を見てしまうと自分達が離れて暮らす意味を見失うかもしれない。なぜここにいるのかを忘れないためにも、互いの今を知る必要はないと判断したのだ。

 たとえ離れて暮らすことになっても今しなければならないことに専念する。これは未来を掴むのための試練だった。平穏無事であれば連絡は寄越さない。なにかがあった時にはすぐに連絡を寄越す。それが私達の決まりごとになっていた。



 ――そして私は今、相変わらずの寂しさを抱えながらいつものように防衛の準備を整え、本部に待機していた。



 今日は天気が良さそうなのでこれが終わったら一人で海を眺めに行こう、などと考えていたら、突然聞き慣れない機械音が本部内に鳴り響いた。

 リムスロットにもある映像出力装置のある部屋にはアネイジアが常駐している。そこから鳴ったのだろうと思い様子を見に行くと、立体映像に見知った顔が映し出されていた。


 タデマルだった。彼はキャジュに切られたのか、短くなった前髪を忙しなく弄りながら近況報告をしていた。私はアネイジアの迷惑にならないよう少し離れた位置に立ち、彼らの通信を聞くことにする。


 内容は主にここ最近のカウザの動向変化についてだった。機械兵の出現数が減り続けていることや依然として残骸回収を行わないことなどを二人は話し合っている。

 タデマルが会話の途中でジュカの機械兵出現数を知りたいと言ってきたので、アネイジアの了承を得て私が直接伝えた。ちなみに昨日は人型が三体のみだった。


 彼の話によると、どうやらリムスロットでは二日前から機械兵が一体も出てこなくなったのだという。今回の通信はそのことを伝えるためのものらしかった。ひょっとするとジュカのほうも近いうちに同様のことが起こるかもしれない。よって現状に油断することなく今後も警戒を続けて欲しいという内容で報告は締めくくられた。

 そこで通信が切れるかと思いきや、タデマルは咄嗟にアネイジアを引き止める。次に私の名前を呼ぶ声が映像から聞こえてきたので、いろいろなことを想像してしまい胸の奥がざわついた。ここも一応アネイジアの了承を得てから返事をすることにする。


 話の内容はありふれたものだった。こっちではみんな相変わらずだとか、そっちも変わりないかとか、そんな感じだった。私が一番知りたかったことについてはおそらく本人に口止めされているみたいで話題には上がらない。こちらのほうもシンクライダーについては元気にしていると言うだけに留めた。


 通信を終えた後、私は防衛に備えて待機し続けたのだがその日は結局一体も現れなかった。

 その次の日も、またその次の日も機械兵はやってこない。まるで戦争が終わったかのように静かな日常が繰り返された。


 都市の住民達は早くも勝利を確信し喜び勇んでいた。でも私はすぐに喜べなかった。

 残骸をあえて回収していないことがどうにも気にかかるし、カウザになにかしらの変化があった時こそ慎重にならなければいけないとメイルも言っていた。


 この状況は嵐が起こる前の静寂に似ている。

 予感が当たってしまった場合、私の防衛はこれからが本番になることだろう。



 ある日私はシンクライダーの意見を聞きたいと思い彼の自宅に行った。しかし何度呼び鈴を鳴らしても反応がない。一瞬嫌なことを考えてしまったが、今日も良く晴れた日だったことを思い出して私は外へ出た。


 彼はきっと、あの海を眺めている。


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