22-1 マーマロッテside 彼岸に散る夢 / the everlastingness
地下都市リムスロットを離れてから三ヶ月が過ぎようとしている。
ジュカでの生活は以前と比べてやや窮屈に感じることはあっても不自由しない程度に安定していた。最も警戒していた人間関係も思ったほど悪くない。
カウザからジュカを守るために異動してきたこともあり、つま弾きにされるというよりは過剰な待遇を受けた。当初感じられた息苦しさも時間が経つにつれて緩やかなものになり、今では自然な環境を手に入れている。
地下都市ジュカはリムスロットから東の方角に約二千キロ離れたところにあった。大陸の果てに設置された都市からは書物でしか見たことのない広大な海を眺めることができる。新生活を迎えた私にとってそれらの景色はよい刺激になった。
ジュカに来て最初に驚いたことは住民の少なさである。リムスロットの半分かそれ以下の人しか住んでおらず、入居の際も都市の代表から好きな家を選んでくれなどと言われて逆に困ってしまったほどだった。
気軽に相談できる『唯一の仲間』にそのことを話すと、彼は自分の家から離れたところにしたほうがここの住民と関わりを密にできるだろうと助言してくれた。特にこだわりがなかったので場所は適当なところを希望した。
シンクライダーはここへの異動が決まる前から持ち家があった。なんでも彼は各都市の防衛部隊を統率していた人物だったらしく、多少のことは融通の利く立場なのだという。彼はもちろんその家に入居した。
私達は移住の手続きを済ませてからジュカの防衛本部のある建物に行った。これから世話になる人に挨拶をするためだった。
建物の中に入り自己紹介をすると私は早速地下都市ジュカの壊滅危機を救った者として手厚い歓迎を受けた。その一方で、防衛部隊の統率者であったはずのシンクライダーは私の予想とは大きくかけ離れた扱いを受けた。
ジュカの防衛を指揮するアネイジアという名の女性はシンクライダーを歓迎するどころか、邪魔者であるかのような言葉を吐き捨てたのだ。
言われた当人は愚痴の一つでもこぼすかと思いきや、ただにっこりと笑っているだけで彼女の暴言に相槌を打つだけ。見ているほうからするとかなり恥ずかしいものがあった。
ジュカの防衛部隊は現在二人のみで、しかもその両方が負傷しているとのことだったので私達は早くも主戦力として投入された。実質的に私一人が処理をするのだが、シンクライダーもなにかに取り憑かれたように戦場を駆け回った。
そこで見せる彼の顔は、自我をどこかに置き忘れてきたような怒りとも悲しみともとれない苦痛に満ちた表情をしていた。リムスロットを離れる二日前から見せはじめた表情といいジュカでの防衛で見せる狂気といい、私には彼が腑に落ちないものの塊のように見えた。
どうでもいいことはなんでもよく喋るのに彼自身の内面の話には全く触れようとしない。私に興味がないことは前から知っていたが、仲間として協力し合える程度の心は開いて欲しかった。そうでもしてくれなければ、私のほうが先に狂ってしまいそうだった。
そんな、どうにも雰囲気がおかしいシンクライダーは、よく都市の外に出て海を眺めていた。一人でぽつんと浜辺に腰掛けて静止しているその姿を見ていると、彼の心の奥底になにか特別な感情が潜んでいるような気がしてならなかった。
何度か声をかけようとしたが、反対に心を閉ざされることを恐れてなかなか踏み込むことはできなかった。
ある日指揮者のアネイジアに呼び出されたシンクライダーはいきなり防衛部隊から外されてしまった。その時私は本部に居合わせていなかったので話でしか聞いていなかったが、どうやら無断外出を繰り返したことが解雇の理由らしかった。
私はその話を聞いてすぐにアネイジアのもとを訪ね、自分も頻繁に外出していたことを打ち明けた。すると彼女は、彼とは貢献の質が違うと言って私を咎めようとはしなかった。
異常ともとれるアネイジアの贔屓は、このやりとりを境に私を不快にさせる以外の効果を生まなくなった。
それからシンクライダーはよく自宅にこもるようになった。
放っておけなかった私は毎日決まった時間に彼の家に行き、元気づけようと声をかけた。だが返ってくる言葉は決まって自分は問題ないという一言だけ。家の中にも通してもらえない私は彼の言葉を信じて引き返すしかなかった。
たとえ私に悪評が立とうともシンクライダーとの接点だけは失いたくない。他人を思いやる気持ちや個性を尊重することを教えてくれた彼は、今の私を形成してくれた恩人の一人だったからだ。そんな彼を見捨てることは、未来の自分を放棄することと同じくらい考えられないことだった。
だから私は、自分を見失わないためにもシンクライダーとの関係は続けようと思った。それがアネイジアの機嫌を損ねる結果を招いたとしても、これまで信じていた者の記憶を消すよりは遥かに救いのある未来が待っているだろうと思ったからだ。
シンクライダーを諦めないと決めたその日に私はアネイジアにその旨を告げた。彼女はあまりいい顔をしなかったがそうしたいのなら自由にすればいいと言う。それならばと私はシンクライダーの外出に今後一切口出しをしないで欲しいと頼んだ。かなり嫌な顔をされたが、最終的に黙認するという回答をもらうことで今回の騒動は一旦納まることになった。
彼の防衛復帰については本人が望まなかったので、その件を深追いすることはせずにそっとしておくことにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます