19-1 メイルside 道程こそが行く末の鍵 / possession of allegiance



「おはよう。メイル」

「おはよう。マーマロッテ」


 睡眠を覚えてから一週間が経った。目を覚ますといつも彼女がいて最高に幸せな気分だった。

 あれから何度か不安に怯えながら夜を過ごすことがあったが、今ではすっかり安心して朝を迎えられている。長い間不可能だったことが七回も連続で起きているのだ。おそらくこの先も眠れることだろう。

 彼女が側にいてくれて、本当に感謝の気持ちしかない。


「寝起きの顔も最高に格好いいよ、メイル」

「昨日も寝顔を見ていたのか?」

「うん。だってすぐ眠っちゃうんだもん」


 マーマロッテが言うには、俺は目を閉じてしまうとあっという間に眠ってしまうらしい。ただ彼女が横で寝ているだけなのに、世界の法則が動き出したみたいに俺は簡単に落ちてしまうのだそうだ。

 原因を知りたいとは特に思わなかったが、すぐに眠ってしまうことで不満を漏らす人がいるのでもう少し制御の利く身体であればよいとは思っている。


「ん、どうした? まだ起きないのか?」

「もう少しこうしていようよ」

「見合っているだけでいいのか?」

「ううん。背中を抱いて欲しいな」


 最近の彼女はよく甘えた。様々な言葉を巧みに操り、時には激しく誘惑したりもした。本来の人格とは明らかに異なるものもごく稀に出現するのだが、たとえそれが手探りによって産み出されたものであったとしても、新たな彼女の一面として受け入れることができた。


「メイルの心臓の音、聞こえるよ」

「やっぱり気になるか?」

「ちょっとね。……もしかして私、嫉妬深い女なのかな?」

「なにもかも俺が悪いんだ。お前が本気で取って欲しいと思っているんだったら、今からでもそうするよ」

「ううん、急がなくていいよ。でも、いつかは取って欲しい、かな」


 心臓移植の際に埋め込まれた機械の循環器は施術後の翌日には外れていた。どうも身体のほうが勝手に再生をはじめたらしく、新しい心臓はまだ小さいながらも単独で動き出していた。

 役目を失った機械のほうはどうなっているかというと、心臓の近くでなにをすることもなく留まり続けていた。シンクライダーに相談したところ、取り出さなくても身体に影響はないとのことだったので、今もそのままにしていたのだ。


 そして循環器を取り出していない理由はもう一つある。それは施術中にキャジュの気持ちを傷つけてしまったことだった。酷い言葉を浴びせかけたうえに、もう必要はなくなったからと取り出してしまうことが道理にかなっているとは思えなかったのだ。

 事実として不要のものとなったこの機械を入れ続けることは、傷つけてしまったキャジュに向けての感謝と戒めが込められていた。

 予定では近いうちに取り出そうと思っている。だが、マーマロッテの要望に応えるのにはもう少し時間がかかりそうだった。


「ねえ」

「なんだ」

「あのこと、考えてくれてる?」

「まだ拘っていたのか」

「そうじゃないよ。私はメイルと純粋にしたいんだよ」

「我慢できないのか?」

「うん。ちょっぴり辛くなってきたかも」


 彼女はそう言うと器用に身体を反転させて、いつものやつをしてきた。

 今回のやつは、今までとはやや質の異なるものに感じる。

 これは、いよいよ重症なのかもしれない。


「どうしても、なんだな?」

「うん。もう壊れちゃいそう」

「じゃあ、今晩試してみるか?」

「ほんとに? いいの?」

「だってよ、優しくしないとお前、壊れちゃうんだろ?」

「そうそう。たぶん今日までだよ。明日はきっと、壊れちゃうね」

「分かった、分かったからこれ以上俺を苛めないでくれ。な? よし分かった、やろう。今日やろう。それで決定だ」

「やったね。じゃあ、愛しのマーマロッテちゃんが君に約束のチューをしてあげる。心して受け止めるのだぞ」

「さ、させるか!」


 あまりに上機嫌な彼女を見て少し高揚してしまった。調子に乗ってふざけてみせると、一瞬だけ彼女の動きが止まって、さらに気合の入ったやつが迫ってきた。

 はじめは抵抗していたのだが、段々とじゃれ合いそのものを彼女が楽しみだしたので、久しぶりに自分からいくことにする。



 完全に動きが止まった。

 なるほどそういうことか、と思った。



「今日から俺、復帰なんだよな。こんなんで大丈夫なのか?」

「我慢できなくなったらどうしよう。抜け出しちゃう?」

「お前が言うと冗談に聞こえない」

「だね。でも心配ないよ。こう見えて意外にしっかり者なんだから、たぶん惚れ直しちゃうと思うよ。うん、たぶん惚れ直すと思う」

「自信の出所が全く掴めないのだが。まあ、宣言通りにできたら惚れ直すどころでは収まらないだろうな」

「え? そうなの? それなら私頑張る。すごく頑張るよ!」


 これ以上の会話はもう必要ないと判断した俺は、彼女の口を優しく塞いだ。

 抱きしめ合った俺達の身体は、のどかな朝の光に包まれた部屋の空気によって少しだけ火照っていた。


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