18-4



 タデマルが監視室の中に消えると早々にロルが退室した。続いてレインが退室しようとしたので咄嗟に引き止めた。少しそこで待ってもらうようにお願いしてから、私はキャジュと向き合った。


「あの、もしかしたらだけど、ごめんね」

「なんのことだ? ああ、さっきのことなら誰にも言わないから心配しなくていいぞ。でもな、一応メイルには相談しろ。後々おかしくなったら面倒なことになるからな」

「うん。ありがとう。帰ったらすぐにそうするよ。でもキャジュのほうは大丈夫?」


 キャジュは腕組みをして私の顔をじろじろと見た。なにかを考えているみたいだった。

 レインは医療室の壁にもたれて静かに立っている。もたもたしている私に苛立っている感じでもなさそうだったので、キャジュの返答をゆっくり待つことにした。

 答えが見つかったのだろうか、キャジュのおっとり顔がいたずらっぽい可憐な笑顔になった。


「あのなあ、レシュア。私が過去のことをいつまでも引きずる女に見えるか? あの時に約束しただろ、あいつの気持ちを聞こうって。もう答えは出たんだ。変な遠慮なんかするなよ。こっちのほうが気を遣ってしまうじゃないか」

「ほんとに? 無理しなくてもいいんだよ。私、キャジュのためだったらなんでも協力するから」

「だったら、タデマルとのことを大人しく見ていてくれ。これでもいろいろ考えているんだ。言うまでもないが、やつの好きなようにはさせない。いざとなったら『これ』で返り討ちにしてやる」


 彼女の腰にはヴェインが愛用していた武器、砲筒ダイダラによく似たものがぶら下がっていた。


「キャジュって、アイテル使えたの?」

「これはな、ライダーと考えて作った非アイテル専用武器だ。威力は本物に到底及ばないだろうが、あいつ程度が相手なら気絶させることくらいはできる代物だ」

「やっぱり無理だよキャジュ。今からでも断ろうよ。私も一緒に行くから」

「どこまでお人好しなんだ。いいかレシュア、よく聞いてくれ。私はな、あのタデマルってやつが結構好みなんだ。お前だってなかなかの男前に見えただろ? だからな、あとは察してくれ」


 キャジュは立ち上がって私の頭に手の平を軽く置いた。

 すぐになにかを言おうと思ったが、彼女はそのまま別れの言葉をあっさり告げてタデマルのいる監視室に入ってしまった。

 嫌な予感が的中しなければいいのだが。そんなことを祈りつつ、私は今の会話を聞いていたであろうレインのもとに駆け寄った。


「あの、すみません。お待たせしました」

「あの子がああ言っているんだから、信じてあげましょう。ね?」

「……はい」


 ひとまず医療室を出た。人がいないところならどこでもよかったので、今は封鎖されている都市正門のほうに少し歩いたところで話をすることにした。


「それでどうしたの? 彼とまた喧嘩でもしたの?」

「いいえ、そっちのほうは順調です。自分でも怖いくらいにうまくいっています」

「あらやだ、お惚気ちゃんだわ。このー幸せ者めー」


 最近のレインは少し感じが変わったような印象を受ける。親近感というか、どこか懐かしいものに触れているような不思議な感覚があった。信用するとかしないとかではなく、存在そのものが必然的な信頼の塊であるかのように思えたのだ。



 ……なんでだろう。とても心が安らぐ。

 ……まるで、お母様と話しているみたいだ。



「あの、タデマルっていう人のことで聞いて欲しいことがあるんです」

「タデマルって、あのキザで女たらしで薄気味悪い血色した嫌なやつのことよね」

「知ってたんですね、あの人のこと」

「当然でしょ。結構付き合い長いし。そりゃもう、あんなことやそんなことまで嫌というほど見させられたわよ。ああ、分かった。あなた、たちまち誘惑されたのね?」

「……はい」

「あいつ、相手が誰なのか分かっていて仕掛けてきたな! まったくもう、今度会ったら叩き直してあげないとこっちの立場に傷がつくわ。ああ、なんて面倒なことをしてくれたんでしょう。あのバカは……」

「私、あの人嫌いです」

「でしょうね。私だってそうだもの。といういことは、つまりあれなのよね?」

「はい。あの人とは関わりたくありません」

「やっぱり」

「どうにかなりませんか?」

「あいつを帰すことはできないこともないけれど、ヴェインにも顔ってものがあるでしょうからね。私としては賛成しないわ。うーん。だったら、こういうのはどう? あなたにはもう少しお休みしてもらって、あいつが帰ってから正式復帰っていうのは? それなら文句ないんじゃない?」


 名案だと思った。でも自分が本当に求めているものが休むことで手に入れられるかと言えば、おそらくそうではない。

 私はやはり戦場に立ち続けることでメイルへの恩返しがしたかったのだ。


「あの、メイルも、現場復帰させてもらえませんか? 近くにいてくれるだけで、あの人の行動を抑えられるんじゃないかと思うんです」

「うーん。あなたの不安を和らげるという意味では効果がありそうね。でもメイルって今、農地のほうで引く手あまたらしいじゃないの。本人が納得してくれるかしら?」

「これから話し合ってみます」

「分かったわ。事情を話せば彼も黙ってはいられないでしょうし、私としても見過ごせる問題じゃないから。まあ、あとでシンクと農地のほうで話し合ってもらって、いけそうならあなたの要望どおりに手配するわ」

「ありがとうございます。いつも迷惑かけっぱなしで、ごめんなさい」

「いいのよそんなこと。だってあなた、今回はただの被害者なんだから。堂々としていなさい」

「はい。頑張ってみます」

「じゃあ、今日の防衛はどうする? やめとく?」

「いいえ、行きます」

「そうこなくっちゃ。今日はアイテル少女レシュアの初陣でみんなわくわくしてるんだから。思いっきり暴れてやりましょう!」


 なんとなく一人で都市を歩くのが怖かったので、私はレインに家まで付き添ってもらった。こちらの不安な気持ちを察してくれたのか、レインは私の腰に手を回して並んで歩いてくれた。

 そして玄関口まで送ってくれた彼女と一旦別れると、私は一人になった。


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