17-2



「いきなり押しかけてごめんね。どうしても、お礼が言いたかったの。あなたのおかげでこのとおり、元気になったよ」


 嬉しそうな声だった。まるで別人に話しかけられているみたいだった。

 あるいは、俺のほうが変わってしまったのかもしれないが。


「キャジュからいろいろ聞いた。急に暴れ出さないように手足をくくりつけているんだよね。ずっと寝たままで辛くない?」


 好きでやっているとしたら、それは変態というやつだ。

 俺の場合、その変態『行為』を防ぐためにやっているだけなので、辛いに決まっている。


「返事、してくれないんだね。それとも、喋れなくなっちゃった?」


 返す言葉がない。それを伝える気力もない。

 だから、そう捉えて欲しい。


「分かった。きっと辛いんだよね。じゃあ、キャジュに怒られるかもしれないけど、それ外してあげる。痛くなったら言ってね」


 手足を寝台にくくりつけるように頼んだのは俺だ。

 こいつは、馬鹿なのか?


「あれ、うまく外れないな。すごくきついよ。どうしよう。……あ、そうだ。アイテルだ。あのねメイル、実はね、使えるようになったんだ、アイテル。まだ調整に慣れてないけど、メイルだったらちょっとくらい怪我しても大丈夫だよね?」


 言いたい放題だ。だがそれは事実でもある。

 俺の身体はちょっとやそっとでは駄目にならない。

 ……。

 それにしても乱暴だ。下手をすると本当にもげてしまうかもしれない。


「ええと、これを、こうして、と。はい、解けたよ。どう? 少しは楽になった? それとも起き上がってみる?」


 俺はなにをされているのだろうか。

 返事もできない。抵抗もできない。表情を変えることもできない。

 これではただの玩具みたいじゃないか。


「メイル、やっぱり私とじゃ、話ししたくない?」


 いや、そうじゃない。こいつは俺が玩具でいることに不満を持っている。

 話をしたところでなにも生まれないというのに。

 もう、あの時点で手遅れだったはずなのに。



 ん? そうじゃない? なにに対してだ?

 俺は今、なにを考えていたんだ?



「私が死にそうになった時、近くにいてくれたよね。あの時にした話の、続きをしたいの。ずっと嘘をついていたことを、謝りたいんだ」


 嘘? なんのことだろう。

 俺を利用していたことだろうか。

 身体はよくなったのだから、もう必要ないはずだ。

 それとも、今頃になって良心が痛みだしたとでもいうのか。



 忘れてしまいたいことを、掘り返すのか?

 もう、同情なんてたくさんなんだよ。



「……私ね、本当は殺される予定だったんだ。城の人達にはアイテルを使えない私はお荷物だったみたい。それでさ、逃げ出してきちゃったんだ。でもね、そのあと私を守ってくれていた人が死んでしまったり、機械兵に地下都市侵入を許してしまったことでたくさんの人を死なせてしまって、とても後悔したんだ。ただ生き延びたいと思っていただけなのに、目の前で何人もの人が死んでしまって、なんで私だけ生きているんだろうって。あの時は本当に死んでしまいたかった」



 なに話しはじめているんだよ。

 それも作り話なのか? もう分からないんだよ。



「結局レインさんに止められたんだけどね。へへへ。とにかく前に進んでみなさいって言われたんだ。そうすればいつか必ず生き続けたいと思うものを見つけられるからって。それでね、あなたの家に行ったんだよ。宿を探していたレインさんとヴェインさんを案内したのは私なんだ。心が壊れてしまってもメイルにだけは会いたかったから。十一年前の約束を覚えていてくれたら、きっと私を救ってくれるんじゃないかって勝手に想像しちゃった」



 なんだよ、それ。

 なんで今なんだよ。なんで今話してしまうんだよ。



「実際のメイルはちょっとだけ頼りなかったけど……、ああでも、ちょっとだけだからね。ちょっとだけだから、うん。……でもね、見た目はかなり変わったなあって思った。男らしくなって格好良くなったよね。あの時は興奮しちゃってさ、表情でばれないように必死だったんだ。だから、なんていうか、ずっと夢中だった。見つけなければならないものがすぐ近くにあって、これだったら生きていけるって思ったんだ」



 やめろよ。もう冗談はよしてくれ。

 分かってるんだよ。俺はそんなに鈍感じゃないんだよ。



「だから、あの時の私は本当の私だよ。あなたを都合よく利用しようなんて考えてなんかいなかった。むしろ利用して欲しいくらいだった。死ぬつもりでいた私に生きる意味をくれたあなたにだったら、私の全部をあげてもいいと思った。本当にそう思ったんだよ。それでね、この都市で暮らすことが決まった時、あなたと同じ家に住めるようにこっそり頼んだんだ、レインさんにね。今までずっと黙っててごめんね」



 もう、俺は裏切られたくないんだよ。

 怖いんだよ。苦しいだけなんだよ。



「ずっとあんな日が続けばいいのにって思った。あなたと食事をしたり、あなたといろんな区域で作業したり、つまらない話で思いっきり笑ったりして、全部がすごく幸せな毎日だった。……でも、戦争が知らないうちに私を変えていった。少しずつだったから自分でも気づいていなかったんだ。それで、キャジュの仲間だったカウザの人を殺してしまった。大切に積み上げてきた心が一気に崩れてしまって、なにもかもが終わったと思った。この事実をあなたが知ったらきっと私を人として見なくなる。最初は無理をして、次第に心が離れて、最後はいなくなるんじゃなかって。私はあなたに辛いことを言わせてしまうと思ったんだよ」



 頼む。それ以上は言わないでくれ。

 俺はただ、疲れただけなんだ。



「悩み抜いた。そして、嘘をついたんだ。気持ちが私に向いていないうちに離れてしまえば、あなただけは軽い傷だけで済むと思ったんだ。でも、そうじゃなかったんだよね。メイルも同じくらい苦しかったんだよね。あんなに近くにいてあんなに話す時間があったのに、なんで気づけなかったんだろう。私って、本当に馬鹿だったね。取り返しがつかなくなってから気づくなんて、ほんと、馬鹿だよ……」



 俺は、眠りたいんだよ。



「ねえ、メイル。私のこと、嫌いになっちゃった? ……やっぱりそうだよね。へへへ。遅かったんだよね。ここまで酷いことされちゃったんだ。恨まれて当然だよ」



 ……。



「ごめんね。聞きたくなかったよね。こんなこと言うのはずるいかもしれないけど、今話したことは全部忘れて。もう二度とここにはこないし、あなたのことも誰にも言わない。だから、絶対に幸せになってね……」



 。



「じゃあ、キャジュ呼んで来る」


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