15-5



 アザミが満足した面持ちで私にお辞儀をすると、ルウスは城に戻ると言った。

 このまま彼らを見送っても全く支障はなかった。しかしなにか足跡を残したほうが面白いのではと閃き、流し台に隠れていたシンクを強引に引っ張り出して彼らに紹介した。するとルウスは彼に深々と会釈した。


「あなたが『反政府組織の代表』ですね。私はゾルトランスで軍を任されているルウスという者です。うちの『主』がお世話になっています」

「あ、ああ、どうも。これは参りましたね。こちらこそ、いつもお騒がせしております。はい」

「レイン様のことを、よろしくお願いします」

「は、はい。責任を持ってお預かりいたします。はい」


 シンクの慌てふためいた姿を十分堪能できたので流し台に戻してあげた。

 一芝居を終えたあとで彼らを見遣ると、ルウスの後ろでアザミが腹と口を手で押さえて笑っていた。

 そのなにげないやりとりに少しだけ懐かしかった日々のことを思い出した。


「ごめんルウス、聞き忘れていたわ」

「なんですか」

「あの子達、変わりない?」

「マレイザ様とステファナ様のことですか。彼女達でしたら異常はありません」

「ステファナは、相変わらず?」

「はい。まだまだ『ああしていたい』そうです。以前面会した際には怒られてしまいました。勝手なことをするなと」

「あらら、あなた嫌われちゃったのね。それはお気の毒さま。まあいいんじゃない、あの子にはあの子の考えがあるのでしょうし。そっとしておいてあげなさいよ」

「承知しました」

「マレイザは?」

「グランエンとそこそこ上手くやっているようですが、敵の本艦の居場所特定には至っていません」

「あの子は賢い子だからそのうち見つけ出すでしょう」

「はい。もうしばらく様子を見てみます」

「またなにかあったら知らせて」

「分かりました。次にお会いするのは要塞襲撃の時ですね」

「頼りにしてるわ。あ、そのことなんだけれど、三人目はシンクになったから、よろしくね」

「それは心強いです」

「あんまり期待しないほうがいいわよ。がっかりするかも」

「彼からはなかなかのアイテルを感じましたが、そう記憶しておきます」

「それじゃ、またね。アザミも元気でね」

「……レイン様もご無理をなさらずに。今日はありがとうございました。失礼いたします」

「それでは」


 長い一日だった。いろいろなことが凝縮された時間だった。

 人の苦しみや喜び、愛する者の強さを体感し自分の未熟さを思い知らされる、そんな一日だった。



 流し台の照明だけが点いた薄暗い医療室の床の上でくつろいでいると、シンクが黒い液体を淹れ直して持ってきてくれた。

 透明な容器からは、淹れたての湯気が立ち上っている。


「やっと終わったって感じね」

「そうですね」

「あなた、今晩はどうするの?」

「当然、起きていますけど」

「そう。じゃあ私は寝てもいいかしら?」

「当たり前です。ここは僕の仕事場なんですから。レインさんは早く帰って休んでください」

「あのさあ」

「はい?」

「じゃあ、なんでこれ持ってきたわけ? これ飲んじゃったら眠れなくなっちゃうじゃないの」

「え!? 知りませんでした。そうなんですか?」

「ほんとにー、知らなかったのー? さっきの仕返しじゃなくてー?」

「そういう目で見ないでくださいよ。本当ですよ。僕はそれ嫌いですから知らないんですよ」

「はいはい。じゃあ、そういうことにしておきますか」

「本当ですって。信じてくださいよ」


 なんだか夢を見ているようだった。彼女達の生きている世界を俯瞰して眺めているような、そんな光景が目の前で広がっているような……


「……ねえ、シ、ンク」

「あれ、レインさん? どうしました? ちょっと!? レインさん? 大丈夫ですか! しっかりしてください! 死んでは駄目ですよ! 目を開けてください! みんなにはまだあなたが必要なんです! だから! 駄目ですよ!!」

「……あの、さあ」

「は、い?」

「眠いんだから、大きな声出さないでよ」

「はあ、すみません、でした」

「……おやすみ、シンク。朝になったら、起こしてね……」

「ふう。あなたって人は、まったく」


 とてもよく晴れた日に、遠い未来に繋がれた彼らの子供達が元気よく草原を駆け回る姿を懐かしみながら、私はその夜、泥のように眠った。


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