15-3



 ゾルトランス城から二人の人物がレシュアの様子を見に来ることになっていた。昔からの顔なじみなので特別着飾る必要はなかったが、シンクの顔を立てるという意味ではそれなりの配慮があったほうがよいだろうと思い、とりあえず気持ちを切り替えることにした。

 シンクの言葉通り、彼らはすぐにやってきた。


「いいか。入るぞ。て、おいおい暗いじゃないか。おお、いたのかよ。つうことは、レシュア姫は?」

「すやすや寝てるわ。ところでヴェイン、彼らは?」

「入り口の前に来てるぜ。通してもいいか?」

「いいわよ。それじゃあ、よろしくね」


 シンクは大雑把な敬礼をして見せて流し台の奥へと消えていった。

 ヴェインが医療室の扉を開けると彼らは静かに入ってきた。


「久しぶりね。ルウス、アザミ」

「お久しぶりです、レイン様」

「……あの、どうも」


 レシュア専属の教育係のルウス軍師と同じく専属の使用人、アザミだった。

 ヴェインを通じてレシュアのことを知った彼らが心配になって駆けつけてくれたのだ。

 がっしりとした体格のルウスは相変わらずの堅物といった感じで、もう一人のアザミは見た目とは正反対の控えめな性格が相変わらずだった。


「レシュア様は、どちらに?」

「そこよ。今は寝ているから静かに頼むわね」

「……あの、容態のほうは、いかがなのでしょうか?」

「見てのとおり回復に向かっているわ。シンクの睡眠剤がまだ効いているみたいだから、たぶん明日になっても目を覚まさないと思うけれど」


 アザミは背中を丸めながら遠慮がちにレシュアの顔を見て、ほんの少しだけほころんだ目をした。

 二人だけにさせてあげようとアザミから離れると、じっと見つめる彼女の小さな後姿が、愛する者への心配を色濃く投影していた。


 ルウスはレシュアのもとには行かずに私とヴェインのほうに視線を向けていた。ここで細かい事情は話したくなかったので事前に報告をするようヴェインに頼んでおいたのだけれど、果たしてなにを聞いてくるのだろうか。

 分厚い胸が威嚇するようにその隙を窺っている。私は早くもこの場を離れたくなった。


「やはり『00』が負担をかけてしまったのでしょうか」

「どうかしら。00自体に人体を蝕む要素はないと思うけれど」

「それですと、内なるアイテルですか」

「否定はできないわ。なんたって前例がないのだから。まあ、無理して答えを出してもしょうがないわよ」

「私達は、正しいことをしたのでしょうか……」

「それ、私に対して言っているわけ?」


 顎ひげを撫でていたルウスの表情が一気に硬くなった。

 その様子を間近で見ていたヴェインも硬くなる。

 私は真顔でルウスを睨みつけた。

 次に口を開いたのはヴェインだった。


「あのねえ、ここは取調室じゃないの。ほら、困ってんじゃねえかよ。とにかく姫は無事だった。それでいいんじゃねえのか?」

「ゼロツウ、おぬしは黙っていろ。俺は、レイン様と話しているのだ」

「その名前で呼ぶのはやめろ。それともなにか? あんたも昔の名前で呼んで欲しいのか、ええ、テメロムさんよ」

「ちょっと、二人ともやめなさい。ここをどこだと思っているの。他人の家で喧嘩するなんてみっともないわ」

「ほーら、怒られちまったじゃねえか。まったく、育ちのよろしくない人と関わるとろくなことにならねえ。危うく大怪我するところだったぜ」

「そういうおぬしはどうなんだ。おかしな言葉遣いをしおって。『生みの親』が悲しむぞ」

「心外だなあ。『私』が本当はこんなんじゃねえことくらい知ってるだろうが。そもそもこの口調にするように指示したのはこの人なんだぜ。火に油注いでどうすんだよ。あんた、城に帰れなくなっちまうぞ」


 こうなるともう収拾がつかない。あれだけ挑発には乗るなと釘を刺しておいたのに、男という奴等はどうしてこうも一直線を走ろうとするのか。頻繁に喧嘩をしていれば心を通わせられるとでも思っているのだろうか。


 付き合いきれない二人を無視して流し台のほうへ行くと、腕組みしているシンクが狭い空間の壁に背中を預けて立っていた。苦笑いをして逃げてきたことを告げると、あなたはここに来るべき立場の人間ではないと一蹴されてすぐに追い出されてしまった。

 仕方なく戻ってみると男の喧嘩は納まっていた。


「レイン、そろそろ時間だ。やつを迎えに行ってくる。しばらく姫とは会えないだろうから、よろしく伝えといてくれ」

「了解。じゃあ、あっちでも頑張ってね」

「おうよ。『私』はどっかの誰かさんと違って頼り甲斐があるそうだからな。しっかり守ってみせるぜ。そんじゃあまたな。そこの剛腕胸板もレインの足引っ張るんじゃねえぞ」

「要らぬ心配だ。おぬしのほうこそ調子に乗らないように気をつけるんだな。あそこはここと違って環境が厳しい。逃げ帰る場所などないことを肝に銘じておけ」

「ご忠告あんがとさん。久々に会えて燃えたぜ。今度は拳で語り合おう。じゃあな」


 以前カウザの要塞襲撃の際に立ち寄った地下都市スウンエアから人員を一人借りたいという申し出があった。機械兵強化に伴い戦況が悪化したためだった。

 こちらの戦力も十分とは言えない状況だったがシンクがその穴を埋めてくれるというので、医師として常駐してくれるあちらの人間とヴェインを交換するという条件で受け入れることにした。複数の医師が常駐していたスウンエア側はこちらの交換条件を快く受け入れ、双方の要求は成立したのだった。

 ヴェインは眉一つ動かさずにこの話を引き受けてくれた。レシュアに対する心情を身近で感じていたがゆえに心苦しさを禁じえなかったが、彼の私情を掘り起こすことだけはしたくなかったので事務的な対応をとった。


 ヴェインの去り行く後姿は、私だけが知っている底なしの孤独で塗り固められていた。


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