15-1 レインside 感嘆は混沌の渦を巻いて / lead me from nothing
愛するものを守るための犠牲は、時として悲しい結末を呼んだ。
人の心を翻弄する運命は現実という過酷な空間に無慈悲の回答を提示し、素知らぬ顔で通り過ぎてしまう。それが最高の結果だったのか、最低の結果だったのかを告げることは決してない。
残された私達は先の見えない未来に向かってもがき苦しみながら答え合わせをする。正解に辿り着けないかもしれない。正解そのものがないのかもしれない。
それでも人は歩み続ける。生きている限り、現実に置かれている限り、いつか光が差し込む日が来るのを信じてそれをやめない。
彼らがそうであるように、私にももがき苦しむものがあった。
そのことを思い出すと勝手に涙が流れた。長く生きれば生きるほど切なさは増大していき、不安が胸を詰まらせる。彼らの姿を見るとあの頃のことを思い出してしまい、いつも泣いていた。
仮面をつけている理由の一つがそれだった。私はとても泣き虫なのだ。
自分でも手がつけられないほどにもろく、軟弱だった。仲間達を牽引する立場がそんなことでは示しがつかないと思い、強い女でいるための顔を上に被せていたのだ。
彼らの施術を終えた静まり返る医療室の中で私は泣いていた。シンクが差し入れた黒い液体がすっかり冷めてしまった後も、ずっと一人で泣き続けた。
二人が命を落とさなかったことに安堵している自分も確かにある。けれどこの涙はそういうものではなかった。
彼の、メイルの生き様に対する哀れみと感謝の涙だった。
彼にはどんな薬物を投与しても効果がなかった。万能の身体はシンクが準備した睡眠剤や痛み止めをことごとく跳ね返したのである。その結果彼は口と目と耳を封じ、全身を寝台に縛りつけるという手段を選んだ。
メイルの施術を担当したキャジュは、これから起こることを直感で理解し泣き崩れた。私は彼の止血をすることになっていたので近くにいるキャジュをなんとか説得してはじめることになった。
自分の心臓をもぎ取られる感覚を私は知らない。彼はその痛みを私達に教えてくれた。それは壮絶というより狂気だった。彼に、目も見えないようにしろと言われた意味を理解した時、自分の弱さが爆発しそうになった。
施術がはじまると彼を乗せた寝台が小刻みに飛び跳ねた。いくら頼まれてやっていることだとしても、必死で押さえつけている自分が残虐であるように思えた。
封じられた口からわずかに漏れる咆哮を近くで聞いていたキャジュは、自分にだけは負けまいと毅然たる姿勢で手を動かし続けた。発狂しそうな精神を奥歯で押さえつけるような彼女の形相が今でも頭を離れない。
メイルの心臓と引き換えに埋め込まれたのはカウザの機械の部品だった。循環器として応用可能のそれを彼の血管と結びつけることで、恒久的な心臓としての役割を果たすのだそうだ。
メイルの心臓を受け取ったシンクはすぐにレシュアの施術を開始した。アイテルによる止血ができない問題については、メイルの血液を随時注入することで解決できた。
シンクのほうは取り乱す様子もなくむしろ異常なくらいに冷静だった。のちに聞いた話だと、メイルの心臓はまるでそれ単体が生きているかのような動きを見せて、レシュアの胸の中で勝手に納まったらしい。『自分』に必要な血管を探してそれを見つけると吸い寄せてくっつけてしまったのだという。
シンクはその出来事を『あそこに彼を見た気がする』と表現した。シンクの発言がもしそのとおりだとしたら、きっと彼はレシュアの胸の中にいるのだろうと信じたかった。
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