13-2
役目を終えたキャジュが私の隣に着席すると、今度はシンクライダーが見覚えのある形の物体を抱えて私達の前に立った。
「破壊した機械兵の残骸とキャジュの身体についていた部品を加工して軽量化を施してみました。加工する方法をキャジュから教わったのですが、これがなかなか面白くてですね。……ああ、そんな話はどうでもいいって顔をしていますね。分かりました。では早速ですが実際手にとって確かめてみてください」
それはレイン達の武器だった。今まで使っていた武器もシンクライダーが作ったらしいのでその意匠は新しいものにも引き継がれているらしい。
幻想的で派手な装飾が施されたレインの大鎌デア・ファルクス、の棒。流線型の形が印象的な筒型武器の砲筒ダイダラ。
それと手の平に乗るくらいの同じ形をしたものが二つ。シンクライダーはこれをロルの武具だと言って自慢の笑窪を作った。
「これは厳密に言うとアイテル武器ではありません。簡単に言ってしまうと手袋です。あくまでも手を保護するための防具だと思ってください。ロルさんは近接戦闘を得意としていますので特別に作ってみました。気に入ってもらえるかどうか自信はありませんが、きっと役に立つと思いますよ」
「それな、本当はライダーが自分のために作った試作品なんだ。もうあんな酷い目には遭いたくないなどと愚痴をこぼしていたぞ。きっとすごい武器なんだろうな。ロル、よかったじゃないか」
「ちょ、ちょっとキャジュさん、それは言わない約束だったはずじゃないですか」
「あ、そうだったな。すまないロル、今の話は気にしないでくれ」
部屋の中が笑い声で包まれる。こんな状況は久しぶりのような気がした。
キャジュは顔をきょとんとさせながらみんなになぜ笑っているのかを問う。そんな彼女を見て私も笑ってしまった。
彼らの話が終わって解散してからもキャジュは気になっていたらしく私の後ろにくっついて首を傾げていた。
「あれは一体なんだったのだ? 私にはまるで分からなかったぞ」
「キャジュは分からなくていいんだよ。でもありがとうね」
「なんだよレシュアまで。みんなしてなんか変だぞ」
「そうだね。大切なものって、忘れちゃいけないんだよね」
「忘れ物をしてきたのならあとで届けにいくぞ。なにを忘れたんだ?」
「そういうところだよ、キャジュ」
「なんだよ。意地悪しないでくれよ。ほんとにもう、今日はどうしちゃったんだ」
「ありがとうね。キャジュ」
家に戻って服を着替えた。衣類箱にはレインからもらった服がたくさん入っているので、戦闘用に使えそうな一着を選んでそれに袖を通す。
衣類箱の奥のほうを覗くと、その中の一着に空色の夏服が混じっていた。
幸せだった頃の思い出と涙が染みついたこの服は、あの日以来箱に入れたままにしてある。捨ててしまおうかと考えたこともあったが、結局そのままにしていたらしい。
なんとなく手にとってみた。胸元の装飾がとても可愛らしかった。初めて着た時は何度も鏡を見るくらい嬉しかったのを憶えている。早く感想を聞きたくて仕事中のところまで走って行ったのが今では懐かしい記憶だ。
彼は今、新しい環境で新しい人達と生活をしている。キャジュは頻繁に顔を見せているらしい。元気なんだそうだ。一度くらいは行ってみたらどうだと勧められているが、合わせる顔がないので遠慮している。
レインには彼に言ったことと同じ気持ちを伝えた。彼女は概ね理解してくれた。
私の意向を聞き入れた上で彼に別の家を与えることを決めたのも彼女だった。戦力にならない彼にそこまで配慮する必要はないだろうとは思ったが、その決定に私はとても満足した。
彼が地下都市アレフから救い出した五歳の女の子、スクネちゃんは昨日この家にも来た。住民登録を済ませていない彼女を家の中には入れられなかったので玄関口で少しだけ会話した。
明るくて正直で芯の強い子だった。そしてなによりも可愛らしい子だった。
レインの話によると、スクネちゃんには両親がいないので彼が育てることになったのだそうだ。
知らない間にいろんなことが動いていた。私が無心になって戦い続けるだけの日々を送っているうちに、周囲の人間はどんどん成長していった。
そして、ここだけの時間が止まっている。同じことを繰り返すだけの空虚な生活を送っているうちに、私にも与えられるはずの自由が見えないなにかにことごとく奪われていった。これもまた一人ぼっちの原因かもしれなかった。
大切にしなければならないものを捨ててしまったのだから我慢して生きなければならないのは仕方のないことだった。今さら本当の気持ちを伝えたところで全てがあの頃に戻るわけではない。きっとキャジュの仲間を殺した事実に耐え切れなくなって自滅してしまうだろう。
あの行動を肯定して生きていく度胸は死ぬまで身につくことはない。かといって生涯付き纏うであろう過ちを否定したまま彼と向き合うことは死んでもできなかった。
彼が一番傷つかない手段を選んだことが私に一番の傷を作る結果を生んだ。どうしてそうなったのかはよく分からない。
でも最近泣く回数が減ってきたような気がする。昨日は彼が戻ってきたこともあって、それから今まで一度も泣いてない。
あの人がこの都市にいてくれればそれだけでいい。
遠くからしか見守れないが、もう贅沢は言わない。
たとえ私を忘れてしまったとしても、胸の中に残る思い出の彼が最後まで側にいてくれる。
こんな欠陥品が誰かを好きになるなんて、はじめから間違いだったのだ。
私は所詮、使い切ったら用済みの廃棄物でしかないのだから。
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