13-1 レシュアside 朝露と消ゆ言霊 / my abomination revive in anguish



 気がついたら一人ぼっちになっていた。

 みんなのことを守ろうと必死に戦っていたら、なぜか孤立していた。



 地下都市の人達や防衛の仲間は私のことが嫌いになってしまったのだろうか。話しかけてくる口調こそ変化はないが、レインもヴェインもシンクライダーも冷たい視線を送るようになった。

 強化版機械兵の対応に苦心しているのは知っている。特にヴェインの体力消耗は見ていて危なっかしいくらいだ。レインも最近小さな傷を作るようになった。

 そんな状況の中で一人何事もなかったように無傷で帰宅する私を、彼らはいつしか遠い目で見るようになっていた。


 私が強すぎることが不愉快なのだろうか。それとも不甲斐ないと感じているのだろうか。

 自分達のことで手一杯なのは見ていてよく分かる。言葉にしない感情をまだ余裕のあるこちらに向けられても私にはどうすることもできない。

 分かち合えるものがないと仲間になれないのだろうか。彼らの視線はそれらを読み取った私の心を容赦なくえぐっていった。



 今日はシンクライダーとキャジュから今後の対応について伝えたいことがあるのだそうで、私達は朝早くから特殊医療室に集められた。

 レインとヴェイン、それと最近復帰したロルは既に戦闘服を着て待っていた。生活着姿で来てしまった私はなんだかばつが悪い思いをした。


 髪の毛は起きてからいい加減に整えた程度の二つ結びにしたままだった。軽く挨拶をすると渇いた声が返ってくる。

 やや緊張気味のシンクライダーとは裏腹にキャジュはいつものおっとりとした表情を見せていた。今の心の拠り所はそんな彼女だけなのかもしれない。


「さて、みなさん集まりましたね。それでははじめましょうか」


 シンクライダーの行儀のよい挨拶からはじまった集会は最近のカウザについて判明している情報を共有するという内容だった。人型機械兵の強化に伴う今後の対策や昨日突然戦闘に混じりだした犬型についての詳細を知って欲しいのだそうだ。

 詳細の説明はキャジュに任せると言いシンクライダーは流し台に消えていった。


「みんなおはよう。これから私が言うことはカウザの機械についてが中心となる。分かりづらいものが幾つかあるだろうが、その時は挙手してくれ。答えられる範囲で返していきたいと思う。それでは、はじめるぞ」


 シンクライダーが今日のために準備していたのであろう立体映像がキャジュの右側に置かれた出力機から出てきた。

 それは古い型の人型機械兵の映像だった。


「これはあなた達が人型と呼んでいる機械だ。正式名称は地球の言葉に置き換えると『サリジャロアン型』となる。既に知っているだろうが、これらは本来人間が行うべき作業の代理となって活動する目的で存在している。この星では主に地質調査のために送り込んでいると以前聞いた。非戦闘用として作られたこのサリジャロアンだが、最近になり強化されたものが送り込まれるようになった。両腕に武装兵器を装着しているところから、あれは『コルネリヤ型』の兵装を移植したのだと思われる。コルネリヤとは一言で説明すれば私のことだ。カウザの人間を機械化してより柔軟な作業を目指す目的で作られたもので、私達が投入されたことを考えれば一応の完成には達していたのだと思う」


 キャジュは人として生まれ、人として育ち、そして機械にされた。

 もし私とキャジュの立場が反対だったとしたら、今の彼女のように自分が味わってきた過去を淡々と語ることができただろうか。

 いや、絶対に無理だろう。そんなことがこの弱い人間にできるわけがない。

 それほどにキャジュは強かった。彼女の存在が果てしなく遠かった。


 そして彼女は、誰よりも相応しい人だった。


「……だが、コルネリヤには欠陥がある。それは記憶の制御だ。みんなにはもう話しているが私には人間であった頃の記憶がところどころ残っている。いくら機械化したといっても人であった頃の断片が残っていればそれは活動に少なからず影響してしまう。全ての記憶を消してしまえば簡単な話なのだが、それをしてしまうと今度は機械化してからの脳の働きに影響が出てしまい、サリジャロアンと大差なくなってしまうんだ。しかもコルネリヤは一体を作るのにかなりの時間と労力を使う。私が知っているだけで三体のコルネリヤが作られたがおそらくあれ以上は作られないだろう。ここまででなにか質問はないか?」


 手を挙げたのはレインだった。よく見ると少しだけ髪が短くなっている。大きく弧を描いた襟を撫でるように広がった彼女の黒髪は、それでも首の辺りまで垂れていた。


「その、サリジャンなんとかの強化された部分についてだけれど、私の感覚では体全体の動きが早くなっているような気がするのよね。そのことについてあなたはなにか知っているのかしら?」

「憶測になってしまうが、単純に出力を上げたかもしくは出力の制限をなくしてしまったと考える。ナーバルエービーは浸透量に比例して力を増大させられるからな」

「今までそうしなかったのはなぜなのかしら?」

「それは活動限界を考えて設定していたからだろう。サリジャロアン、それとコルネリヤはナーバルエービーを作り出す機能を持っていない。なくなってしまったらその場で動けなくなってしまうんだ」

「なるほどね、よく分かったわ。ありがとうキャジュ。早く犬型の詳細を知りたいわ。話を続けて頂戴」


 シンクライダーが人数分の透明容器を持ってきて一人一人に手渡していく。その中に一つだけあった黒い液体の入った容器には透明な細い管が刺さっていた。


「次はみんなも気になっているだろう犬型についてだ。あれは『ヴ・ラウ型』と呼んでいる、補給運搬を前提に作られた非戦闘用の機械だ。ヴ・ラウの体内にはナーバルエービーを生み出す機構が備えられていて、それを他の機械に分け与えることができる。また小型の体を利用したその軽快さで機械の残骸を回収する役割も担っている。よく見る光景だな。ヴ・ラウが補給を行う際は、基本的にその対象の背中に体を畳んで張りつく動作をとる。この先の戦闘でそのような場面に出くわした時は要注意だ。ナーバルエービーは非常に危険な動力なので暴走、爆発が起こらないように適切な処理をする必要がある。最も安全な対処は手を出さないことなのだが」


 細い管を口に咥えていたレインが微かに動揺したように見えた。

 ちなみに私は犬型の補給動作をまだ見たことがない。


「……では具体的な処理の仕方はどうすればよいのか。実のところ、補給時以外のヴ・ラウ単体はそれほど脅威ではない。あれの速さを超えられるのであれば容易に破壊は可能だ。ただし、あれが武装化したら厄介になるだろうと思う。遠隔兵器を装備することが予想されるからだ。いずれそういった部隊を送り込んでくるかもしれない。これからは今まで以上に注意して対応して欲しい。……私からはこれで終わりだ」


 今後の戦闘がさらに荒れるだろうということはキャジュの話から理解できた。だが、戦争を終わらせる目処について彼女から語られることはなかった。

 カウザの本拠地が空のどこかに浮いていることはキャジュも認めている。そしてその姿は私達には見ることも感じることもできないことを教えてくれた。

 やはり敵の本拠地を叩かないことには地球の勝利はやって来ないというのが彼女の見解で、この場にいる全員もその考えが妥当であるという意思を示して話し合いは締めくくられた。


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