12-5



 小休憩を挟みつつ六時間程走り続けていたらあたりはすっかり夜の景色に変わっていた。手頃な場所を探し草で寝床を作り、そこにスクネを寝かせてやる。

 夜中だからといって機械兵が徘徊しないとも限らない。俺は見張り番を勤めることにした。こういうときこそこの身体は役に立つ。案外そういう使い道のほうが自分に合っているのかもしれない。


「……メイルおにいちゃん。おきてる?」

「眠れないのか?」

「ねむい。でもね、おはなししたい」

「眠いんだったら寝ろよ。明日泣き言言ったら引っ叩くぞ」

「いいよ」

「よくねえよ。寝ろって」

「やだ。おはなし」

「なんだよ。忘れ物したとかはなしだからな」

「わすれてないもん。ねえ、しても、いい?」

「するならさっさとしろ」

「じゃあ、する……」


 そう言ってすぐにスクネは泣き出した。

 また頭が痛み出したのかと思い指を潰す準備をする。

 すると少女は、嗚咽を口元で抑えながらゆっくりと話しはじめた。


「……あの、ね。わるものがね、おうちにね、はいってきたときにね、おかあさんと、おとうさんが、ね、スクネにね、いったの。しんじゃ、だめだよって。なにが、あっても、だめだよって。それで、くらいところに、いれられてね、おとうさんと、おかあさんが、ね、おっきな、こえをね、だしてね、スクネの、なまえを、いってね、それでね、みんな、いなくなっちゃたんだぁ……」


 また泣き出した。返す言葉がなかった。頭を撫でてやることくらいしかできなかった。

 少女はその時の恐怖を思い出したような目をして俺を睨んでくる。

 両手を俺のほうに突き出してきたので、寝ていた身体を抱き起こしてそのまま包んでやった。


「おかあさああん。おとおさああん。うわあああん」

「こうして欲しかったんならさっさと言えよ。馬鹿」

「おにいちゃああん。うわあああん」


 どんなに辛かったのか俺には想像もつかない。物心がつかないうちから両親がいなかった俺には、スクネの思いの全てを受け止めることはできなかった。

 この子にとってかけがえのない人が両親だったのだろうか。生きる支えを失った悲しみがこの泣き声なのだとしたら、それはきっと死にたいくらい辛いに違いない。


「両親が残してくれた言葉、大事にしなくちゃな」

「うわあああん」

「俺も、お前には生きて欲しいと思ってる」

「うわあああん」

「スクネのことは俺が守ってやるから。だから心配するな」

「うわあああん。おにいちゃああん」


 頭の中をなにかが横切った気がした。妙な感覚だった。

 これはなにか、とても重要なことのような気がする。

 だがそんな違和感は、スクネの大きな喚き声でたちどころに塗り潰された。

 こんな経験は初めてだった。


「今日はずっとこうしたほうがいいか?」

「うん。ずっとこうしたい」


 小さな子供を抱きしめながら眠るのを待った。背中をさすって欲しいと言ってきたのでそうすると、安心した顔をして目を閉じた。


 この子にはこれからもずっと同じ心を持ち続けて欲しいと思う。

 誰も裏切ったりせず、優しい心のまま成長してくれればきっとみんなに愛される存在になれるだろう。そのためにも、変わってしまわないようにしっかりと見ていかなくてはならないと思った。



 スクネだけは、『あいつ』のような大人にはさせたくない……



「今日から俺がお前の親になってやる。嫌だって言っても、もう遅いからな。覚悟して育てよ、この野郎……」


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