10-8
「少し休みましょうか。例のやつ淹れてくるけれど、飲む?」
「ああ、頼む」
流し台に立ちながらアイテルでキャジュの傷を塞ぎ続けている。なんて器用な女なんだろうかと両者を見守りながら待った。
それから五分ほどしてレインは戻ってくる。
……。
その時俺は、この状況は絶好の機会だと思った。
……そろそろ、あの話を『仕掛けて』みようか。
「はい、どうぞ」
「すまない。……ああそうだ。ところでレイン」
「なに?」
「あんた、城にいるやつと繋がっているんだってな。なんで黙っていたんだ?」
「え? 誰が言ったの?」
「シンクだ。あんたらのダクトスーツのことを聞いたら吐いた」
「そう。まさかあなたが最初に辿り着くなんてね。見かけによらず行動的な男子ですこと。それで? なにが知りたいの?」
「カウザとの戦争のことだ。そのことがずっと引っかかっていた。レシュアを城から出したのはあんたらなんだろ?」
「どうして?」
「戦争が起こることを事前に知っていたからだ。レシュアは戦力になる。城に置きっぱなしではもったいないからな」
「素晴らしい推理ね。ずっと地上で暮らしていたわりになかなか鋭いこと言ってくれるじゃないの。……だけど、全然違うわ。この件にはもっと複雑な事情が絡み合っている。そもそも私がレシュアを道具みたいに扱うわけないでしょ」
「複雑な事情とは、俺のことか?」
「あなたのこと? あなたの身体のことかしら?」
「やっぱりな。あんた、知っていたんだな」
「シンクはどこまで喋ったの? ちょっと怖いんだけれど、まあいいわ。あなたの『超人的な身体』については以前から知っていた。認めるわよ。あなたが正体不明の人であることもね」
「どおりでな。だが正体不明かそうでないかについてはどうでもいい。この話とは関係ないからな。ともかくだ、俺とレシュアは今の環境にあまりにも合致しすぎている。不自然すぎるんだ。もしそれを仕向けたのがあんただとしたら今までの辻褄が合う。どうなんだ? あんたが俺に近づけとけしかけたんだろ?」
「そうだと言ったらどうなるの? まさかあなた、まだあの子のこと疑っているわけ? 自分がただ利用されているだけの存在だとまだ思っているわけ?」
「事実だけを照らし合わせればそう考えるのが普通だ。見ろよ、この俺だぞ。こんな見苦しい男のどこに魅力を感じるんだよ。なんであんなやつがこの顔に惚れるんだよ。おかし過ぎるだろうが」
「そんなこと、私に聞かれたって、困るわ。あの子の気持ちはあの子にしか分からないんだから。気になるんだったら本人に確かめてみればいいじゃないの。それとね、あなたの身体のことはまだあの子は知らないはずよ。あなたが言っていない限りね。固く誓うわ」
「その言葉を信じろと? 城と繋がっているあんたの言葉を? 笑わせるな。ここまでの材料が出ているというのにどうやって信じられるんだよ。納得がいかねえよ」
「あのね、私が繋がっているのは城で暮らしている『ある人物』であって、城そのものではないの。あなたはたぶん元老院を想像したのかもしれないけれどそれは誤解よ。彼らの考えに異を唱える人物の力になっているの。もう少し時間が経ったらそのことについても話すわ。だから、全部でなくてもいいから今は信じていて欲しいの。このこともあの子はまだ知らない。せめて、あの子のことだけは全部信じてあげて……」
「この際だから正直に言わせてもらうけど、俺はあんたらが必死にこの都市を守ろうとしている姿勢を正しいことだと思っていたし尊敬もしていた。あんたらのことを信じて進もうと思っていたんだ。……それなのに、俺達を見捨てたあの城の奴等と裏で通じ合っていたなんて、馬鹿にするにもほどがある。だから納得がいかないんだよ。仮にあんたらが秘密裏に正しいことをしてくれているなら、俺とレシュアには話しておくべきだったんじゃないのか?」
「ごめんなさい。これからはできるだけ伝えるようにするわ……」
「約束だぞ。もしそれを守れなかったり今の話に嘘があった場合、俺はこの都市を出るからな。いいな? それでいいなら今回のことは信じてやる。せっかく信じようと思いはじめたこの気持ちをここで台無しにしたくはないからな」
「……ありがとう。あなたのことも、本当に頼りにしてる。私達にとって『絶対』に必要な人だから」
「分かった。じゃあ念のためにもう一度聞く。あんたは本当に信じるに値する人間なんだな?」
「……信じて、欲しいわ」
「だったら、その仮面を外してくれ。固く誓うと言ったさっきの言葉を、素顔を見せることで証明してくれ。あんたが俺を信用しているのだったら、もう隠す必要はないだろ」
俺はこの女の素顔こそが全てを繋げる鍵だと思っていた。
たった一つの嘘を証明させる事実が、その顔に隠されていると読んでいた。
「あなたには負けました。そこまで言われたらさすがの私も断れない。……いいわ。見せてあげる。でも見たくなくなったらすぐに言ってね。じろじろ見られるの、あんまり得意じゃないから」
レインは気恥ずかしそうな素振りをしてこちらを焦らした。
突然切り替わった彼女の態度は、いつもの愚行に移行する前兆と酷似している。
まさか、見てはいけない顔なのだろうか。
そう思うと妙な胸騒ぎがして、俺の背筋に強烈な悪寒が走った。
レインが仮面にそっと手を当てる。
すると、その内側で微かに空気の抜ける音がした。
掴み取った白い蓋が、レインの顔から外される。
「あの子には、レシュアには黙っていて。これ以上、悩み事を増やして欲しくないから」
なにが起こったのか、一瞬分からなかった。
……あれは、なんだ?
それにしても酷い。見たことを後悔する顔。
一体どうしたというんだ。なぜそうなった。
……なにをしたら、こんなに『ぐちゃぐちゃ』になるんだ。
……足といい顔といい、まるで良いところがないじゃないか。
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