第12話 近くて遠い存在

帰りのHRが終わり、続々と教室を出る生徒の中、私は暫く1人で席に座っていた。静けさに包まれた教室は校庭で活動している運動部の威勢の良い声がやけに煩く聞こえた。

HRが終わった直後、湊人は恋咲さんに呼ばれ教室を後にしたのだ。私の為に湊人から話を聞こうとしていた美那も、ついさっき2人を探しに教室を出て行ってしまった。机の上にバックが置いてあるから、まだ湊人は帰っていないだろう。


…それにしても湊人達遅い。


HRが終わってから15分以上が経過するのに未だに2人が戻ってくる気配はない。時間が経過するごとに徐々に不安が募ってゆく。様子を見に行こうと私が教室の後方のドアを開けたその時。前方のドアがガラリと音を立て、冴えない表情をした湊人が入ってきた。先ほど一緒に居た恋咲さんの姿はない。悩んでいるばかりではなく行動しようとバックを持った湊人に私が近づくと、それに気づいた湊人は視線を逸らし足早に教室を出た。


…湊人…?


「ま、待って湊人!」


思わず声を張り上げた私に湊人は足を止めた。だが、一切こちらを振り向こうとはしない。緊張で震える指先を反対の手で抑えると私は徐に口を開いた。


「あ、あのさ湊人?私、なんか気に触ることしちゃったかな?」


–––––お願い。何でもいいから答えて。


そう強く願った時、湊人は静かに言い放った。これ以上ないくらい冷たい声音で。


「…もう、俺に関わるなよ」


悲痛が入り混じった声。


「え…?なん、で?」


何故湊人がそんなこと言うのか意味がわからなかった。あまりにも急すぎて気持ちが追いつかない。


「嫌いなんだろ。俺のこと」


湊人はそう言い残すと静かにその場を去った。私は何も出来ずにただその場に立ち尽くす。違う。嫌いなんかじゃない。そう言いたかったのに、言葉が出て来なかった。足が僅かに震える。息が苦しい。伝えようと何度も口を開いたのだが、震えが増すばかりで言葉は出てこない。それがただ悔しかった。


「っ、違うよ…!嫌いなんかじゃない!好きなんだよ。幼い頃から、ずっと!」


湊人の姿が見えなくなってから、やっと声が出せた私。でもその言葉はもう湊人に届かない。誰もいない廊下に私の声が反響する。何一つ伝えることが出来なかった自分自身が無力で惨めで涙が零れ落ちた。


「好きだよ…ずっと。何があっても嫌いになるわけないじゃん…馬鹿湊人」


違う。馬鹿なのは私の方だ。臆病な自分を変えようと湊人に勇気を出して話しかけたのに、結局何も変わっていない。何も、本心を言えていない。幼馴染という1番近い存在なのに、心は遠い。


「私は…湊人の悪いところも知ってるよ。それでも好きなんだよ…?」


私は切羽詰まったように呟き、涙を拭うと携帯を取り出した。何と無く1人になりたくて、美那に先に帰るという事と、湊人は帰ったというメッセージを画面に打ち込むと送信した。勘がいい美那は多分私が出来事を言わなくても気づいてしまうだろう。でも今はそんな事気にならなかった。私はゆっくりと立ち上がるとバックを持って下駄箱へと向かった。


 下駄箱を出ると心地よい春風が私の頬を撫でた。気持ちを紛らわすために暫く風を浴びていると、やけに明るい声が背後からかかった。


「あっれ、雪音ちゃんじゃん。湊人君はどうしたの?教室に戻ったはずだよね?なんだし一緒に帰るんじゃないの?」


「恋咲さん?湊人と一緒に帰るってそれは…その…」


恋咲さんの言葉がナイフのように突き刺さり、胸を抉った。必死に言い訳を考えても真面まともなものが浮かんでこない。私が思わず黙りこくると嘲るように恋咲さんが告げた。


「何?喧嘩?幼馴染なのに距離遠くなったら

終わりだね。…いい加減諦めなよ」


「なっ…」


「どうせただの幼馴染なのよあんた達は。じゃあ私はそろそろ帰るから」


吐き捨てるようにそう言うと、恋咲さんは私の横を通り過ぎた。


「…恋咲さんに何がわかるの」


毒突くように呟き、唇を噛み締めた。私と湊人の間には、誰も知らない絆がある。

幼馴染。その関係を蔑視べっしされたように感じて、私は怒りを覚えた。

____________________

《作者から》

昨日から学校が始まりました!更新遅くなってしまうかな、と思ったんですが意外と早く出来ました笑

一体湊人に何があったのか…

次話は湊人sideです!よろしくお願いします。

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