ら、らであ…………はい?

 私の名はラディアータ・アリシア・ツルギ。とある事情から、冴えない顔をした鏑木ほにゃららとか言う少年と行動を共にすることとなった。


「いやそれにしても、腹が減らないとこんなに楽なんだな! 眠くもならないぞ!」

「耳元で叫ばなくても聞こえるから! 声デカいんだよ!」

「む、悪かったな」


 そう、この少年の言う通り、私は一度死に、霊体のみの姿となってしまった。その理由はすぐにわかった。いや、死んでようやく気付けた、と言うべきか。

 そう、私がストーカーのものと思っていたあの目線、実はアサシンのものだったのだ。それに気付かないとは、私も鍛え方が足りなかったな……。

 などと後悔してみるが、死んでしまったものはしょうがない。鏑木なんとかと街を回ってみた結果、どうやらここは私の知る街ではなかったみたいだし。

 と言うよりも、世界が違う。おそらくアサシンの雇い主が召喚魔法で私の死体をこの世界に召喚したのだろう。あるいは、瀕死の私を。きっと後者に違いない。


 ちなみに、かぶなんとかは私と会話するときはスマホで電話している振りをしている。誰もいなければスマホなしでも会話は出来る。まるでコミュ障だな。


「ところで、か、かぶ……ら、ら……らぎ、は私をあまり怖がらなかったな。私なんてお前が幽霊と勘違いした時、変な話だが腰を抜かしたぞ」

「抜ける腰ないだろ」

「いや全く、恥ずかしいな」


 などと下らない会話をしていると、かぷらきのスマホが着信を告げだす。


「おっと……」


 耳に当てていたスマホを操作し電話に出る様は、さながらいもしない友人と電話している振りをしていたら、親から電話が掛かってきたのでなにごともなかった体を装って電話に出る可哀想な人間のソレであった。

 可哀想な桂木……。


 さて、やることがないのでとりあえずスマホに耳を側立ててみる。こうしていても(葛城以外に)変な目で見られないのもまた、霊体の利点だ。


『あ、要ちゃん?』


 女の声だ。思いがけずをなんとか木弄れる要素が増え、思わず頬がゆるむ。


「急にどうしたんだ、かもめ?」

『浮気してる?』

「……………………は?」

『要ちゃん、今どこにいるの?』

「どこって、駅の中の美術館だけど」


 さらに付け加えれば、男子トイレの個室の中。男女がこんな狭い空間で一緒にいればなにも起こらないわけがないのだが、悲しいかな、私は霊体である。こんな細っこいのは私の好みでないことを除いたとしても、今の私には食欲、睡眠欲もなければ、当然性欲もない。

 喜怒哀楽といった感情は、どういうわけかあるのだけれどな。


『今から行くね』

「え、今からか?」


 だから、私はこのかもめとかいう女に恐怖していた。


『うん。もう駅にいる』

「あー、じゃあ入場口で待ってるよ」


 生前ならば、本能的にという理由であっただろうが、しかし霊体である私に死の恐怖はないはずである。何故なら、もう死ぬことなどないのだから、生きてはいないのだから、本能など持っていられるはずなどないのだ。


 であれば、この背筋が凍り付くような感覚は、なにか。


『うん、ありがとねー』


 そこで通話が切れる。鏑木を見てみると、ばっちり目が合った。


「彼女を迎えに行くんだけど、付いてくるか?」

「いや、私はまた街の中をうろうろしてみるよ。どこかに私の死体があるかもしれないしな」

「…………」


 珍しいものを見るような目を鏑木に向けられた。なんだこいつ、今更幽霊が珍しいとか言い出すのか?


「てっきり、『お前の彼女のしみったれた顔でも見てやるか』ぐらい言われると思った」

「は? 私なら『お前のようなもやしに引っ掛かけられた哀れな被害者の顔でも確認しに行こうかな』くらい言うぞ」

「色々が酷いな! て言うか俺は性犯罪者かよ!?」

「私を男子トイレの個室に連れ込んでいる時点で言い逃れ出来ないと思うがな」

「いや、あんたが勝手に入ってきたんだろ……」


 全くその通りではあるが、拒絶しなかった鏑木にも非はあるので両成敗。


 ともかく、私はこの場から退散しなければならない。大した理由はないと思うが、もしあるとすれば、おそらくそれは『霊体のラディアータ・アリシア・ツルギ』という存在の危機を感じ取った、ということだろう。

 一体、なにから? などと自問自答するまでもなく、あのかもめという女から。


 あの女は、ヤバい。

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