第6話「迷いネコ狂想曲」
その0
血がこごったような赤黒い空の下、崩れかけた墓石に腰掛ける2つの影があった。
「もうマオマオは死んだと考えていいよな」
巨漢の影がため息混じりに言う。
「このまま待っていてもラチがあかねえぞ」
「ええ。死んだっていうか、ヒゲを失ってあっちに送り返されたんでしょうね。それ以外に丸5日も帰ってこない理由がないもの」
もう1人、背の高い瘦せた影が答えた。
「クソガキめ。意気揚々と出ていきやがったクセして、結局何の役にも立たなかったな。何がウィスカーを捕らえるだ」
巨漢はうつむき、舌打ちをする。
「あんな奴に大事なヒゲを渡すんじゃなかったぜ。残りは俺達のを合わせて4つになっちまった」
「そうね。けれど数は重要じゃないのよ。私達の目的は......」
「わかってるよ。『聖なるヒゲ』だろうが。だがそれ以外のヒゲだって重要だぜ。沢山持ってるに越したこたあねえ」
「ウィスカーさえ見つかれば全て奪い取って解決なんだけどねえ。マオマオちゃんもそう考えて出ていったんだわ。あの子だって頑張ったのよ」
あまり悪く言わないであげて、と長身は言った。
「わかったよ。けどよ、まさかあいつも返り討ちに合うとは予想してなかったろうな。俺だってそうだ。ウィスカーなんぞコソコソ逃げ回ってるだけのザコだと思っていたぜ」
「いえ、あなたの見立ては正しいわ。ウィスカーには何の力もない筈よ」
「ああん?じゃあ何故マオマオは戻ってこない。どっかで油でも売ってんのか?お前だってあいつがやられたと考えてんだろ」
「ウィスカーにやられたとは限らないのよ。あなたもマオマオちゃんの推測を聞いたでしょう?ウィスカーはこちらの世界で新たに仲間を募っている可能性があるって」
「お前、それってよ」
巨漢は顔を上げ、長身を見た。
「ええ、マオマオはウィスカーの仲間、つまりヒゲグリモーに倒されたのよ」
長身は自分の言葉に頷いたが、巨漢は眉を釣り上げた。
「はっ!」
バカにしたように鼻で笑う。
「ぬかせ、いくらあいつでも人間にやられるわけねえだろ。そもそもウィスカーが人間に付けヒゲを与えてるっつうのも、マオマオの憶測じゃねえか。お前にしたってなんの根拠もねえんだろ」
「それがあるの」
てろりろりーん、と長身は効果音を口で言いながら、胸元から手の平に収まるほどの物体を取り出した。
「スマートホーン」
「んだよ、そりゃ」
「人間が生み出した利器よ。ネットニュースや動画が観られるし音楽も聴ける。ゲームもできるし、写真も撮れる。おまけに電話が掛けられる」
「何でそんなもん持ってる?」
「ウフフ、ちょっとお出掛けしたときにね。私は誰かさんみたいに寝てばっかりじゃないのよ」
「どれ、よこせ」
巨漢が手を伸ばすと、長身はさっと身を引いた。
「ダメよ、あなたの手で握ったらぶっ壊れちゃうもの。欲しかったら自分で盗んできなさいよね」
「ちっ。それで何がわかったんだよ」
「ええ、ちょっと待って。いま操作してるから。ここをこうして......、よっ。ほら出た。この写真を観てちょうだい」
長身が差し出したスマホを、巨漢は覗き込む。
「......ほお」
小さな画面には、走行する車の屋根に立つ小柄な人影が映っていた。
ほぼ真後ろから撮られた写真であるため顔は見えないが、体型からして子供、おそらく少女である。
逆立った赤毛に金色の王冠、毛皮のグローブと革のブーツ。
風にはためく真っ赤な厚手のマントから、カボチャのように膨れたズボンが覗いている。
「お前が撮影したのか?」
「いいえ、ネットで拾ったのよ」
「よくわからねえが。なるほど、たしかにこりゃヒゲグリモーだ。しかもこいつは上物、『皇帝っぽいヒゲ』じゃねえか」
巨漢は大きな鼻から息を吹いた。
「最初からこれを見せろっての。しかしウィスカーの奴、手下にえらく目立つマネさせやがって。写真まで撮られてるしよお。俺達をナメてるとしか思えねえな」
「それがねえ、この娘を街中に引っ張り出したのが、どうやらマオマオちゃんらしいの。あの子、言っていたでしょう。奴らを探すより、こっちから誘き出した方が早いって」
長身はまた不慣れな手つきでスマホをいじり、今度はネットニュースの記事を画面に出した。
「一昨日のニュースよ。要約するからちゃんと聴いててね。10月3日12時30分頃、林真下市W町の時計店に3人組の強盗が押し入った。猿のような面を被った3人は店内のショーウィンドウを破壊し、高級腕時計1億4000万円相当を奪った。その後犯人達は店内にいた6、7歳と思われる少年を人質に取り外へ。仲間らしき人物の運転する車に乗り込み逃走した。後になってから現場周辺の山にある神社で、乗り捨てられた車が発見されたが、犯人達や盗品、人質は未だ見つかっていない、ですって。公の記事にはないけど、さっきのヒゲグリモーの写真はこの強盗の車に乗っかっているところなの。目撃者が撮ってブログに上げたものみたいよ」
「そういうことか。だが、強盗事件にマオマオが関わってるのは確かなのか?」
「ええ。この記事の最後にちょろっと書いてあるんだけど、おかしなことに、人質となった少年に対する被害届けやら捜索願いやらが出てないらしいのよ。というか身元や家族すら不明。つまりこの少年は事件当時、たった1人で高級時計屋にいて、連れ去られた後も警察以外誰も探そうとしてないわけ」
「そいつがマオマオか」
「間違いないわ。あの子ったら札の魔法で一般市民を強盗に仕立て上げ、自分は人質として参加したのよ」
「そこへまんまとヒゲグリモーが正義の味方気取りでやって来たわけか。そこまでは良かったが」
「ええ。憐れにも我らがマオマオちゃんは逆にやられちゃったってわけ」
2人の間に、しばしの沈黙が流れた。
「ま、それはそうとして」
長身はパチンと手を打った。
「私達も積極的にいきましょうよ。クサクサしてたってしょうがないわ」
「えらく変わり身が早いな」
「沈んでるヒマはないの。マオマオちゃんは私達に手掛かりを残したわ。ウィスカー及びヒゲグリモーは確実にW町にいる」
長身が立ち上がると、荒れ果てた芝生の上に細長い影が伸びた。
「どこへ行くつもりだ?」
「だからW町よ。ちょっと面白そうなことがあるから偵察を兼ねてね。大丈夫、ちゃんと帰ってくるから。お利口さんでいるのよ」
長身はまたもスマホを操作し、今度はとある動画サイトを開いた。
「ずいぶん使いこなしてるな。で、何が面白そうなんだ?」
「うふふ。キ・ミ・ツ!」
「機密かよ」
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