side by side その2

ようやくツバメは真相を理解し始めていた。

怪しげな猿面の男達に囲まれた陽子を目の当たりにすれば、さすがに今までの思い込み、つまり今日の一連の騒動が彼女発信であるという考えを改めざるを得ない。


繁華街を暴走する車の上に貼り付いていたという陽子。

彼女は何らかの事件に巻き込まれた、もしくは事件を収束させようとしていたのではないか。

今更ながら、ツバメはその可能性を考えるに至ったのである。


だとすれば、とツバメは4人の男達を順に見やる。

恐らく彼らは善意の一般市民ではない。

何かしらの事件を起こした側、つまり最近よく出くわす悪い大人の一種であろう。

陽子といえど、こんな怪しいお面だの札だのを顔に付けた奴らと親しくしているとは考えにくい。

とりあえず男達を敵だと仮定したツバメは、今度は6、7歳程度の子供に目を移す。

離れた場所にポツンとたたずむ、場違いに幼い少年。

登場人物的に考えれば、彼は何らかの被害者だ。

身代金目当てか、それとも人質か。

いずれにせよ、男達の手によりかどわかされ、無理矢理に連れてこられたのだろう。

でなければ保護者も連れない幼気な子供が、こんなところに立ち会っている筈がない。


まとめると。

まず駅周辺にて、猿面男達が少年を誘拐し車で逃走。

その現場にたまたま出くわした陽子が、これまた偶然持っていた付けヒゲを用いて少年救出に乗り出した、というのが正解なのではないだろうか。

ツバメはそう導き出した。

しかし、それがどこまで当たっているかは、彼女自身まったくわからない。

実際のところ、彼女に色々と考える余裕があるのは、また考えるしかないのは、陽子を始め誰一人として口を開こうとしないからだ。

だからツバメは自力で、想像に近いような推測を展開させるしかないのである。

「誰か何か言いなさいよ」

不気味な膠着に耐えられず、彼女は小声で言った。


そして。

戸惑うツバメに応えるように沈黙を破ったのは、

「そっか、そうだよね」

意外にも幼い少年だった。

彼はうつむきつつ、眉間を指で叩く。

「僕としたことが、なんで考えなかったんだろ。陽子おねえちゃんに仲間がいないとは限らないじゃん。根拠もないのに、とんだ思い込みをしていたよ」

子供らしい口調でありながら、何やらひどく反省している様子である。

「......あなた、日向さんを知っているの?」

独りごつ少年に、ツバメは尋ねた。

陽子と彼が知り合いだとすると、ツバメの推測は修正を余儀なくされる。

しかし少年は、

「ううん、さっき知り合ったんだよ」

と軽く笑った。

「けど浅からぬ因縁はあるって感じかな」

「はあ、そんなことってある?ちょっと意味不明なんだけど」

ますますわからない。

陽子に助けられた、ではなく「因縁」などと言う。

首をひねったツバメは直後、大きく目を見開いた。

「え?」

改めて少年の顔を見つめ、そして気が付いたのである。

彼の両頬からは、細長くまとめたヒゲが垂れ下がっていた。

「うそでしょ......」

彼女の顔に、驚愕の色が広がっていく。


一方の少年はツバメの表情を見て、満足そうに目を細めた。

「やっと話のわかる人が出てきたね」

「ちょっと待って、そんなわけ......。でも、そのヒゲ」

ツバメは首を左右に振りつつ、少年へ恐る恐る人差し指を向ける。

すると、

「それだ!そのリアクションがずっと欲しかったよ僕は!すぐピンときてもらわなくっちゃ」

これまでに相当のフラストレーションが溜まっていたらしい。

少年は嬉しそうに何度も頷いた。

対して、ツバメは未だ信じられない。

だが幼い少年には全く似合わないヒゲ、そしてここがタヌキ山中腹の神社であることを考えれば、

「あなた、まさか」

「そのまさかだよ。はじめまして、僕は......」

「沼のヌシ⁉︎」

「そうだ!僕こそが沼のヌ......、違う‼︎なんだそれは⁉︎」

上機嫌から一転、少年は落胆したように口を開けた。

「ああ、そうよね。ごめんなさい」

ツバメはわずかに顔を赤らめつつ、素直に謝る。

「どうかしてたわ。最近変なのが周りに多くて」

しかしその言い訳は失礼だった。


「知らないよ!変な奴に僕をくくるな!」

気分を害したらしい少年はプリプリしながら腕を組む。

「まったく、どいつもこいつも何もわかってないじゃないか。見当違いなことばっかり言いやがって。こっちが姿を現した時点で君達には理解してもらわないと、話が全然進まないんだよ。テンポが悪いし展開も地味なんだよ。ウィスカーの教育がなってないんだよ」

「そうブツクサ言われても......。ちょっと待って、あんた今ウィスカーって」

ツバメが聞きとがめると、マオマオは不機嫌な表情のまま繰り返した。

「ウィスカーって言ったよ。君達ヒゲグリモーの親玉でしょ」


予想外の言葉が出た。

ツバメは再び沈黙する。

我らが親玉(笑)ウィスカーはヒゲグリモーのことを関係者以外へは極秘にしている筈である。

それならば、この少年はなんだ。

話が違う。

「......ずいぶんと物知りのボクね」

ツバメは警戒しつつそう言うのがやっとだったが、

「子供扱いするな。ボクじゃない、マオマオだ。道士っぽいヒゲの戦士、ヒゲ・マオマオだ!ウィスカーの居どころを吐け!」

少年は声を荒げ、尋ねる前に答えを言った。

「ああ、そういうこと?」

ツバメはようやく合点がいく。


つまりはこの少年、マオマオとやらもヒゲグリモーもしくはそれに準ずるものなのだ。

かつ少年の言い方から察するに、どうやら彼はウィスカーの仲間ではない。

「ヒトの姿をしてるからわからなかったけど。じゃあ、マオマオ君があいつと敵対している側の妖精なのね。なんかフワッと聞いたことあるわ」

「そうさ、やっとわかったか!......あとちゃんと聞いとけ!」

「ウィスカーが教えてくれないんだもの、そのあたりのこと。私も別に興味ないし」

ツバメはうるさそうに手を振った。

「まあ、いいわ。勝手にやってちょうだい。あいつならその辺にいるだろうから、待ってれば来るんじゃない?知らないけど」

そう言ってツバメは、陽子へ顔を向ける。

「さあ帰りますよ、日向さん。ここにいても良いことなさそうです」

しかし、陽子はまたしても反応しない。

「ちょっと、少年。どうして日向さんは動かないのよ」

問われたマオマオは、

「僕が何も命じてないからさ」

静かにそう言った。

「おねえちゃんさ、僕が君達をそう簡単に帰すと思う?なんでそんなに他人事みたいなの?」

抑えた声だが、妙な迫力を帯びている。

しかしツバメも態度を変えようとはしない。

「逆に訊きたいわね。なんでこの私が巻き込まれなくちゃいけないのか」

徹底して無関係という立場を貫く。

「知ったことじゃないのよ。もうおかしな人達に関わるのはたくさん。妖精同士のいざこざなんてのも、正直どうでもいいってわけ。文句ある?」

そう言い返すツバメへ、少年は憐れむように首を振った。

「わかってない。全然わかってないよ。わかってないことすらわかっていない。絶望的に無知だ」

心なしか、彼の声は震えていた。

「君が無関係?冗談じゃない、全然笑えないよ。一体誰だと思ってるんだ?引き金を引いたのは。撃鉄を起こしたのは。弾を込めたのは。全部お前ら人間なんだよ!」

それは妖精の争いのことを言っているのか。

依然、話の飲み込めないツバメだったが、彼女は密かに息を飲んだ。

少年の細い目の内に、どす黒く、そして激しく燃える怒りの感情が見て取れたからである。

「な、何よ」

思わずツバメは一歩後ずさる。


そのときだった。

「きゃっ!」

思わず少女らしい悲鳴を上げ、彼女は身体を硬直させた。

突然背後から、大きな2つの手に両肩を掴まれたのである。

そのおぞましい感触にツバメは震え、反射的に何者かの手を振り払いつつ、前に駆け出した。

しかしそんな彼女へ、更に幾つもの腕が飛びかかる。

襲ってきたのは男達だった。

ツバメを羽交い締めにしようと、気配を絶って近づいてきていたのである。

彼らは素早かった。

計8本の腕が容赦なくツバメの身体を所構わず掴もうと伸びてくる。

「ひゃあっ‼︎誰だ今の!」

尻を鷲掴みにされたツバメは飛び上がった。

全身に鳥肌を立てながら叫ぶ。

しかし悲しいかな、彼女は反撃ができなかった。

陽子と違い、ツバメには格闘の経験がほとんどないからだ。

パンチや蹴りの応酬など、これまでの日常ではもちろん、ヒゲグリモーになってからも一度として行ったことがない。

そして相手が声や音を立てずに攻撃してくる現状、音符球を使うことも叶わない。

ケンカの仕方を知らないツバメは、逃げの一点張りに甘んじるしかなかった。

辛くも猿面達の脚をくぐって包囲から抜け出した彼女は、境内を走り回る。

そして狛犬の頭を踏み台に、大きくジャンプした。

「はあっ、はあっ」

着地したのは神社の社、その屋根の上である。

罰当たりな行為だが仕方がない。

猿面達の魔手から一旦でも逃れるには高所に上がるしかなかった。

果たして、男達は石畳からツバメを見上げるのみだ。

恐ろしい身体能力を持つ彼らだが、さすがにヒゲグリモーほどの跳躍力はないらしい。


さて、瓦敷きの破風の上にツバメはしゃがみ込んだ。

まだ感触の残る尻を押さえつつ、思案する。

早くここから離れたいが、そのためには下に降りなければならない。

社の裏側に降り、全力で走れば逃げ切れるか。

その後は?

ウィスカーだ。

あいつを探し出し、敵のことを伝えなくてはならない。

けれど、マオマオ達より先にウィスカーに会えるだろうか。

携帯電話は他の荷物と共に、駅前の植え込みの中に隠してしまっている。

あいつめ、肝心なときにいないんだから。


ぐるぐると考えるツバメ。

彼女は忘れていた。

ガシャ。

不意に、すぐ傍らで瓦が鳴る。

「えっ?」

ツバメが振り向くとそこには。

無表情な赤髪の少女、陽子が立っていた。

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