ツバメside その3
午前9時50分。
駅前デパート、シタデルW町前にて。
フリルのついた白いブラウスにカーキ色の膝丈スカート。
お気に入りの衣装を身に付けたツバメが、いつもより入念に巻いたツインテールを揺らし歩いていくと、すでに待ち合わせの相手は到着していた。
「おはようございます」
ツバメは手を振りながら微笑んだ。
加代やウィスカーにはまず見せない、穏やかな笑顔である。
それに対し、相手の少年は無表情のまま、ぺこりと首を下げた。
「おはようございます。早いね、紺野さん」
「
ツバメはデパートの大時計を見上げた。
まだ約束の時間の10分前である。
「当然さ。それより、もう風邪は大丈夫なの?」
「ええ、全然平気。迷惑掛けてごめんなさい」
「迷惑はしてない。じゃあ行こうか」
「ええ」
2人は並んで歩き出した。
ツバメと同じクラスの男子、清鈴寺
七三に分けられた前髪に四角いメガネがトレードマークの、小柄な少年である。
表情に乏しくあまり目立ちたがらない反面、誰に対しても物怖じせずに意見を言う性格であり、また学年トップの成績からなされる彼の話は面白く、教室では男女を問わず人気があった。
さて、そんな学少年とツバメがどうして休日に一緒にいるかといえば、それはツバメが前の日に学校を休んだためである。
前日、つまり金曜日。
2人のクラス1年1組では、社会科の授業で催される発表会に向け、班ごとの調べ学習が行なわれた。
ツバメのいるC班は源平合戦の1つ、「一ノ谷の戦い」について調べることになっていたのだが、ツバメは病欠により参加できず。
それで、同じ班にいた学が、夜になってからツバメに連絡をしてきたのだった。
「なんか、ごめんね。せっかくのお休みに私と勉強なんて」
隣を歩く学へ、ツバメは前を向いたまま澄ました顔で言う。
「だから気にしなくていい。発表会は水曜日だし、紺野さん1人だけ置いてけぼりにはしたくないし」
「ありがとう」
「同じチームなんだから、協力するのは当然さ」
「うん」
そう小さく頷くツバメに、学はふと顔を向けた。
「そういえば。その服、秋っぽくていいね。よく似合っているよ」
彼はそういうことを平気で言う。
*
午前10時10分。
ツバメと学は林真下市立図書館に到着した。
日本史コーナーで集めた本を自習室で拡げ、2人は額を合わせる。
小声で話さなければならないため、その距離はとても近い。
「ふうん。たったの数十騎で義経は敵を大混乱させたわけね」
ツバメは細かな字をノートに並べていく。
「うん、崖の上から馬で奇襲してくるなんて、平家は予想していなかったんだろうね。それがどれほど意外なことなのか、僕にはよくわからないけれど」
馬に乗ったことがないから、とやはり表情を変えずに学は言った。
「でも、その奇襲が戦いの勝利に繋がったんでしょう。誰も考えないことをやるなんて、義経は天才だったのね」
「戦においてはそうだったのかもね。他にも多くの手柄を立てているし」
学は分厚いメガネを押し上げた。
「だけど政治のことはあまり知らなかったみたいだよ。それが原因で兄の頼朝に見放され、結果討たれてしまったんだ」
「そうなんだ。せっかく功績を上げたのに、悲しい最期だったのね」
「戦いばかり上手くってもダメってことかもしれないね。いくら結果を残したって、独断専行が過ぎれば味方からも危険視される。手綱を握る誰かが、そばにいなくてはならなかったんだ」
そうまとめると、学は遠い過去を見るように顔を上げた。
そんな少年の長いまつ毛を、ツバメは横目で眺める。
なんと静かで楽しい休日だろう。
ヒゲを付けて屋根の上を跳ね回るのでも、地面の下で汚水にまみれるのでもない。
彼女が望んでいるのは、こんな毎日である。
ずっと今日が終わらなければいいのに。
ツバメは密かにそう思った。
しかし、時間はいつも通りに過ぎていく。
正午になると同時に、調べ学習はひと段落してしまった。
「じゃあ、こんなところかしら」
ツバメはノートを閉じた。
あとは月曜日、班のメンバーで発表用の資料をまとめるだけである。
「そうだね。お腹も空いてきたし」
学も本を片付け始める。
そして、また思いついたように言った。
「よかったら、どこかで一緒にお昼食べる?」
「別にいいけど」
ツバメは食い気味に答えた。
*
図書館を出た2人は、駅前にある「サンドリヨン」へ向かうことにした。
中学生でも気軽に入れるファミレスである。
さて、歩いている最中のこと。
ツバメはスカートのポケットが振動しているのに気付いた。
スマートホンが着信を知らせているようだった。
取り出して画面を見れば、なんとウィスカーからである。
ツバメは無視しようと思ったが、振動はいつまでも止まない。
あまりにしつこいので仕方なく、
「ごめんね、ちょっと電話来ちゃった」
そう学に断ると彼に背を向け、通話ボタンを押した。
「なによ!」
ツバメは学の死角で犬歯を剥き出す。
「ひっ。あ、あのニャ......」
気圧されたような声が聞こえてきた。
「風邪で寝てるとこ悪いんニャけど」
そう遠慮がちに切り出すウィスカーだったが、今日のツバメは特に容赦がない。
「昼間に電話掛けてこないでよ、バカなんだから!だいたい、どうしてネコがケータイ持ってるわけ?」
「なんで今それを訊くニャ。そんなことより、陽子の行方がわからないんだけど、知らニャい?」
ひどく不安げな声である。
「知るわけないでしょ。あんたこそ日向さんの後に付いてったじゃない」
ツバメが答えると、
「すぐ撒かれちゃって。あれからずっと探してるモニャ」
ウィスカーは不覚を恥じるように言った。
「別にそんな心配しなくたっていいんじゃない?ナマズだかザリガニだかを捕りに行ったんでしょ」
「でも付けヒゲ持ったままなんだモニャ」
ああ、とツバメは眉間にシワを寄せた。
「......たしかにそれは心配だけど」
陽子はヒゲシャイニーの魔法を、どのように楽しく利用するかしか考えていないようだった。
山に行っていればまだ魔法少女の姿を人に見られる可能性は低いが、気分次第では人里に降りてきかねない。
「ニャ。だから助けて欲しいニャ。一緒に探してくれるわけには」
「それは無理」
ツバメは突っぱねる。
「お願いニャ、手伝って欲しいモニャ」
「ごめん。悪いけど、今は本当に無理なの!」
そう言い切ると、ツバメは通話を切った。
「失礼、お待たせしました」
再び学の方へくるりと振り向くと同時に、ツバメは歯をしまう。
「深刻そうだったね。大事な用事でもあるの?」
「え、ぜーんぜん。なんかお母さんが、今日はゆっくりしておいでってさ。行きましょ」
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