『誤《ゴ》』話「それから」



 里子は無事だった。


 頭を金槌で撲られたときに咄嗟に自分から前へと倒れることで致命傷を免れたらしかった。本当に良かった、泣いてしまうかと思った。本当に泣いてるよと里子に言われた時は、掘った墓穴に自ら入って埋まってやろうかと思ったくらいだ。


 だがしかし石畳に倒れた際に受身が取れず、額を石畳に思いきりぶつけてそのまま気絶してしまっていたらしい。これなら笑い話と言えなくもないが、そのとき額に大きな傷痕ができたらしく、医者にもうあと少し処置が遅かったら失血死の可能性もあったと深刻そうに言われたのではっきり言って笑えない。

 全治一週間、三針縫いました。




 それにしても今回は相当危なかった。


「しっかりしろ里子!」


 僕が慌てて駆け寄ってみると、里子はどんどんと血の気がなくなり顔色が白くなっていた。今は意識を失っているだけみたいだが、流した血の量が多かったのか重度の貧血のような状態になっている。……まだショック状態になってなくてよかった方か。


 額にできた傷口は血が止まりかけていたが、念のためさっき腕に巻いてもらった姫子の髪を解いてそれを強く巻いてもう一度止血をしておいた。


 本来なら貧血になっている相手を動かすのはまずいのだが、このまま冷たい石畳に寝かせているとどんどんと体温が奪われてしまいかえって体に障ってしまう。それはそれでまずいので、とりあえずこの地下室から運び出すことにした。


 ぐったりとして力の入っていない里子の体を背負い、外に出ようとしたのだがそこで思わぬ問題が生じてしまった。……思えばこれほど間抜けな失敗はない。

 扉が開けられないのだ。


「……うわぁ、まじかよ」


 鉄扉の取っ手に手を掛けようとしてもそのまま手がすり抜けてしまう。それならばと、扉をすり抜けようとしても里子は扉をすり抜けられない。いくら幽霊を半霊化できると言っても、生きている人間を半霊化することはできないみたいだ。

 半霊化もこういうときには使えない。


 それならと姫子に髪の毛を使って扉を開けてもらおうとしたのだが。


『任せてください。……と、言いたいところですが。無理みたいです』


 そう言って彼女は鉄扉に指を向けて取っ手に糸を絡みつかせたが扉はびくともしなかった。

 彼女も先ほどの未奴子との戦いで疲れてしまったからなのか、髪に鉄扉を開けるほどの力は残ってなかったらしい。一難去ってまた一難。……絶体絶命気味だった。




 だがその問題はけっこうすぐに解決した。


「本当に便利だねその髪って」

「その体の方が便利だと思いますけど、褒めてもどうかと思いますね」


 僕の手が取っ手をすり抜けてしまうのなら、姫子の髪に鉄扉を開けるほどの力が残ってないと言うのなら――僕が取っ手に巻き付かせた髪の毛を掴んで鉄扉を開ければいい。


 冷静に考えればすぐにできる発想の転換だった。

 姫子には半霊化してもらい、気絶した泉さんを背負ってもらった。髪の毛は僕の右手に巻き付いている。あと僕はそのまま彼女をここに置いておくのも悪いと思い、縛った未奴子さんも肩に担いで地下室を出て行った。

 姫子には甘いと言われたが、誰であろうと助けられる人は助けるべきだ。


 だがそこでまた一難。

 早く警察と救急車を急いで呼ぼうとしたのだが、二人とも携帯は持っていなかった。


 たぶん探せば里子か泉さんが持っているだろうし電話を掛けるくらいならできるとは思うが、そうなると問題はその電話をどこに掛ければいいのかと言うことだ。


 ただの救急車を呼んでも僕のこの体のことがあるので、表沙汰にすることはできない。かと言って、景山病院に電話を掛けようにも電話番号なんて知らない。警察に連絡するにしても、ここがどこなのか正確な場所がわからない。

 ひとまず落ち着いて、まずは運んできた里子達を雲隠の畳に寝かせた。


「……けどせめて里子の怪我の治療はしておかないとな。とは言っても、この広い屋敷のどこに何があるかなんて知らないし。泉さんに訊こうにも、まだ気絶してるし。どうしようか」


 なかなかいい案が浮かんでこない。


「姫子ちゃんには何かいい案ない?」

『いっそのこと、この屋敷を乗っ取ってしまいましょう』


 それこそ却下だ。

 そうだな。屋敷を乗っ取るのはまずいけど屋敷の人に助けを頼むのはいいかもしれない。


『それはやめた方がいいと思いますよ』


 襖に向かって歩き出そうとしていたところを姫子に呼びとめられた。


「結構いい考えだと思うけど。なんで?」

『……うーん、なんとなくの考えなんですけど。ここって敵陣の真っ只中なんですよ』


 まあ、そうだな。いちおうその頭はこうしてどうにかしたわけだけど。


『それに襖なんて施錠もできないような屋敷の一室でこんなとんでもない事が行われていて、ここの使用人っていうか女中の人達がそのことを知らないはずがないじゃないですか。たぶんあの人達、屋敷の警備も兼ねているんだと思いますよ』

「……ってことは?」


 ……そんなときに限って女中さんの足音が聞こえてくる。

 トタトタとこっちに近づいてくるたくさんの小さな足音。


『屋敷の主が来客に縛り上げられている姿を見て。私達が無事に済むはずがないと思います』


 そしてそのまま遠ざかっていく足音にほっと胸を撫で下ろした。

 この提案も却下だった。




 そしてこれからどうするかと考えていると。襖が開け放たれ、救世主が現れた。

 いや、救世主と言うよりも彼女は――


「ようようよう。ずいぶんとしけたつらしてるじゃない。困り事かい?」


 魔女だった。

 どうやってここに僕達がいることを知ったのか、静妃先輩が警官を何人も引き連れて部屋にやってきた。そして里子や泉さん、縛られた未奴子を次々と屋敷の外へと運び出してくれた。そしてその警官全体の指揮は、すべて先輩が執っていた。


 ……なぜ静妃先輩が? そしてよく見てみれば、その彼女の傍らにはなぜか女鶴さんがいてこっちに手を振っている。どうして二人が当たり前のようにここにいるんだろう?


 その理由を訊こうにもそんな暇はなく、里子を病院へと連れて行ってもらった。

 そしてその後に、静妃先輩に刀傷を治してもらった。

 ……まさか跡形もなく治してもらえるとは思っていなかった。どうやったのかよくわからなかったが、僕は本当に静妃先輩は魔女か魔道士なんじゃないかと真剣に思い始めてしまった。


 その後警察に事のあらましを説明するのにだいぶ時間が掛かってしまった。(僕の体のことや幽霊のことは言っても信じないと思うので適当にごまかして説明した)

未奴子さんは無事に警察へ引き渡された。


 そして、これはあとから静妃先輩から聞いた話だが。署で行われた検査の結果、未奴子さんの体は立っているのが不思議なくらいボロボロで薬漬けになっていたことがわかったらしい。


 だが薬と言っても、違法ドラックの類ではない。痛みを和らげる鎮痛剤や増血剤、強心剤、免疫増強薬、血液凝固阻止剤、呼吸促進剤、抗不整脈剤、気管支喘息治療薬、躁鬱病治療薬、抗不安薬、鎮咳剤、……など、考えられない量と種類の医薬品を服用していたことがわかった。


 ……そんな体で僕らと戦っていたのか。

 それらが後天的なものなのか、それとも先天的なものなのか僕にはわからない。だがそんな彼女が籠谷家の娘、姫神様にすがったのも仕方のないことだったかもしれない。


 そして芋蔓式に他の事件への関与についても疑われ。結局彼女の逮捕によって坂木家、及びタケトリ製薬の社会的地位は再びどん底まで落ちる事になってしまった。

また、彼女の逮捕の報道があった後に政界の重鎮や大手企業の社長、警察や軍の幹部ら数十人が自主辞職をしているという話があった。もしかしたら彼らも今回の事件に少なからず関係があったのかもしれない。例えばの話だが、現在不明になっているジフェニルクロロアルシンの入手先や、設備の維持費の援助などをしていたとか。


 ……これらはあくまで推測だ。

 彼らはマスコミなどから色々と怪しいと探られているらしいが、未だに事件の尻尾どころか影も見つけられていない。本当にただ偶然にやめる時期が被っただけなのかもしれない。

 所詮、真実は闇から闇へと葬られるだけだ。



     ◆     ◆



 事件から数日後、水槽の中に入れられ保管されていた姫子の遺体は彼女の家族へと渡されて改めて葬式が行われることになった。葬式には僕と里子、静妃先輩や泉さんたちも参列した。たぶん離れた所で女鶴さんと姫子も見ているんじゃないだろうか。

他にも多くのマスコミや政治家、警官や軍人、それとなぜか各分野の著名人までもが彼女の葬式に参列しようとしたのだが。籠谷家の現家長、姫子の母親である籠谷一姫によって参列を断られ、家族や知人のみで開かれる小さな葬式となった。


 晶にも来てもらおうと思っていたのだが。あの日、病院から車で送ってもらってから連絡が付かなくなっている。だがあいつのことだ、また何か裏工作でもしているのかもしれない。



     ◆     ◆



「ふぃくしょん!」

「……どうしたのですか、いきなり大きな声を出して。例の『この話は実在する個人、団体、その他の固有名詞とは一切関係しません』っていうやつですか」

「いや、フィクションじゃなくてただのくしゃみ。……誰か噂でもしてるのか」


 場所は萌葱高校のある桐壺きりつぼ町の一角。

 町はずれの山の小道を登ったところにある、木々に埋もれ半分山に埋もれてしまったような土地に建てられたとある古い神社の石階段の上。そこに二人の人物が腰掛けていた。


「本当に噂でくしゃみが出るものなのですかね」

「まあ、そういう言い伝えっていうかなんていうか、……なんかあるんだろうな」


 そこにはあのとき図書館にいた、黒い髪と白い髪の二人の少女がいた。

 そこは町の住人達ですら、ここにあることを忘れてしまっているような小さな寂れた神社。元は綺麗な朱色をしていたであろう大きな鳥居も今はもうみる影もなく、枯れた木の色をそのまま晒している。晒しているだけならいいが、その上に青々とした苔の緑色を幾つもつけている。


 よく見なくても、二人が腰掛けている石階段も同じように緑豊かになっている。

 森の中にできた神社というよりも、森が神社になったという感じだ。


「もっとも噂をする奴なんて、あいつくらいしかいないけどな」


 そう言う黒い髪の少女は図書館にいたときと少し格好が変わっている。

 今彼女が着ているのは黒いゴスロリ服ではなく、黒い巫女服だった。


「今回はお疲れだったからなあいつ。……よし、また後で顔でも見せてやるかな」


 彼女は石階段から立ち上がると脇に置かれていた棒状の物を掴んだ。


「なんだかんだで神社のご神体を取り返せたぞ」


 彼女は棒状の物……鞘に納まった刀を片手に持ちながら、高々と上に腕を突き上げた。

 その手に握られているのは坂木家総本家地下のお社にあった日本刀だった。


「……取り返せたのはいいですけど、ようは盗ってきたのですよね」


 石階段に腰掛けずっと本を読んでいた白髪の少女が本から目を放さないまま訊いてきた。

 彼女の格好も図書館にいたときとは変わり、すべて真っ白な十二単だった。


「そう、盗り返してきた!」腕を腰に当てて胸を張る黒髪の少女。


 続けて、腰を低くして刀を構えるその格好は背の高さも手伝ってとても様になっているのだが、残念なことに彼女の頭にはまだ黒い兎の耳の模造品が付いていた。それでも彼女はそんなことを気にせず、楽しそうに神器を片手で適当に振り回して演舞をしていた。


「……神器をそんな風に扱わないでください。もし壊れても代わりはないのですよ」

「わかってろーい!」


 そういいながらも演舞にバク宙や側宙、挙句の果てには宙に投げたりまでしている。


「貴方という人は本当に。……そういえば、これで今回の問題はすべて解決したのですか」

「……うーん、正直微妙っていうか妙なんだよね。そこんところの話は」


 シャランと綺麗に音をさせて納刀し、気まずそうに白い髪の少女の方を向いた。


「…………妙、というと?」


 本を閉じ、怪訝そうに目を細める白い髪の少女。それにうなずき答える黒い髪の少女。


「まずはあの日あいつを轢いた。いや、撥ねただっけ? ってことになってるタケトリ製薬の運送トラックなんだけど。あの日動いていたトラックは記録上、存在していない。つまりあの日、運送トラックは誰も使用していないってことに表向きはなっている。だからあのとき運転していたのが誰なのかすらわからない。ただ、そのあいつを撥ねた運送トラックっていうのがまずいことに極秘で行われていた人体実験用の人間を運ぶためのトラックだったわけで、下手に警察に捕まってその存在を知られるわけにも行かなかった」

「なるほど、だから坂木家の黒服さん達はあんなにも必死だったのですね」

「まあそう言うこと。殺人や拉致なんかの訓練はひと通りやって知っている連中だと思うが、さすがに幽霊対策の訓練なんかしたことないよな。壁抜けなんて人間にできるわけがない」


 それに神様対策もなと、楽しそうに彼女は言う。


「あと、直接話には関係ないんだけど。最近この辺りで学生ばかりを狙って殺しまわっていたっていう通り魔のことなんだけど。その犯人――藤原(ふじわら)史(ふひと)って言うらしいんだけどそいつが警察が部屋に入る前に舌を噛み切って自殺してたんだって。それとあと、そいつの部屋の中に殺された生徒達の生きていた頃と死んだ後の写真が几帳面に殺した日付順にアルバムに入れられて大切に保管されていたんだってさ。気持ち悪いね」

「確かに気持ち悪いですね、その方。……でもそれのどこが妙なのです?」


 どこにでもいるただの変態殺人犯の話じゃないですかと、続けて言う。


「……人が十数人も同じような場所で殺されているのに妙じゃないと言うとはね」

「…………変態はただの変態でしょう」

「変態は変態でも、ただの変態じゃない。筋金入りの変態だ。変態という生き物ってのは自分の決めたルールというかレールの上では本物の天才以上に天才になる。もはやそれは天才ではなく天災だとでも言うくらいの圧倒的な存在となるんだ。奴らは」

「……ずいぶん熱心に語っていますけど、変態と何かあったのですか」


 白い髪の少女は小刻みにカタカタと震える黒い髪の少女を見て怪訝そうに問掛ける。


「何もない、あって堪るか! ……えっと、それで。その藤原って奴は自分の決めたルールに乗っ取って、殺した学生達全員の舌を切り取ってたらしいんだよ。たぶん殺した後に」

「……舌をですか。そのような話は初めて聞きましたが」


 だがあまり驚いた風でもなく声を上げる。その声はただ疑問を口にしただけの声だった。


「たぶん報道規制でもかかっていたんだろうな。でも考えて見ればすぐにわかったはずだよ。図書館で神様が会っていた例の被害者の女の子、口を開けて喋ろうとしなかったでしょ。幽霊が口を動かさずに喋らなきゃいけないなんてことはないのに、そうしてたのはこういう理由があったからだったのさ。かわいそうな子だよ」

「そうでしたか。それは全然気が付きませんでした。ですがその行動は妙というか不気味です」

「まあな、それは趣味の悪い変態の行動だ。……けどそれじゃないんだよ、妙な話ってのは。その切り取られたはずの舌が、いくらそいつの部屋を隈なく探してみても見つからなかったんだってさ。明らかにその舌を綺麗に保存するための道具類は揃っていたっていうのにだ」

「気まぐれで廃棄でもしたのではないですか」

「一人一人の殺人記録をしっかりとまとめていた変態がか? そりゃないだろ。だけどまあ、仮にあったとしてもだ。……なら、どうやって自分で噛み切った舌を廃棄したんだ」

「……………………………………………………………」

「………………………………………………………」


 二人の間に嫌な沈黙が流れる。

 そして今回もその沈黙を破ったのは黒い髪の少女だった。


「……まあ、結果良ければすべて良し。これで無事神社の御神体を取り戻したぞ!」

「まさかそのためにあの子を巻き込んだわけじゃないですよね」

「いやいや、まさか。結局巻き込まれたのはうちらだったってことさ」


 二人は楽しそうに下に見える町並みを眺めながら笑っていた。



     ◆     ◆



 そして今回の結末というか顛末というか、落ちてないオチ。


「えーっ! そんな。実はショートカットだったの!」


 何を髪形ごときにそんなに驚いているのかというと――


 葬式が終了し、さあこれから僕も元の体に戻れるぞ、と思っていたら突然姫子の髪が……。


 ――シュルシュル、シュルッ……


 その長かった黒髪が目に見える速さで短くなっていった。そしてどんどん短くなっていき、女の子にしては短めに刈られた活発そうな女の子の髪形となってしまった。


『……どうやら元に戻っちゃいましたね。驚きました? これが元の私の髪形です』


 実は気付いていたよ。

 さっきみた姫子の遺影に、元気に笑う短めの髪の活発そうな女の子が写ってたからね。


 未奴子さんの刀を腕ごと蹴り飛ばした時になんであんなに綺麗な蹴りを決められたのか不思議に思っていたけど、それは当たり前か。なんていったって彼女は、インターハイに何人も選手を送り出しているうちの高校で空手部の主将を務めていたというのだから。


 未奴子さんが直接とどめを刺そうとしなかったのも納得だよ。

 …………それからもう一つのことにも僕は気付いてしまっている。


「あれっ、それってもしかして……」


 里子は不意に、すでに飲み会のような状態になっている参列者のおじさんに酒を勧められている静妃先輩の方を見た。先輩はその視線に気付いたのか、上手に酒を断りながら言った。


「ああ、榊の体を縛る長さの髪の毛はもうない。……というかヒメちゃんの髪にはもう肉体を縛るだけの力は残ってないよ。元々あの髪はヒメちゃんが作り出した存在、半霊物質によって作り出されたエクトプラズマの一種だったのさ。だから力がなくなればその存在ごと消える。つまり今回はただの無駄骨。骨折り損のくたびれ儲けだったってわけさ」

「そんな、ただのくたびれ損だなんて……」


 元の体に戻れず、ただ疲れただけなのだからその言葉で正しいのだろう。

 それでも僕は反論する。


「今回の結果が無駄骨を折って僕らがくたびれただけですんだっていうのなら、僕は別にそれでもいいんですよ、静妃先輩。それに今回あったことは全然無駄なんかじゃありません」

「へぇ、どう無駄じゃなかったって言うんだい? まさか失敗したという今回の経験から一つ何かを学んだ、とかふざけた言葉を使うんじゃないだろうね。あんなのは失敗を認めない低脳共の言い訳だ。まあ、失敗から何も学ばない屑共なんかよりはよっぽどいいんだろうけどさ。……それに君が言うのはそんなつまらないことじゃないんだろう」


 ニヤニヤ笑いながらこっちにやって来る静妃先輩。……僕が何を言いたいのかわかっているはずなのに、静妃先輩は話す前にどんどんハードルを高くしていってくれる。

 後からそれを跳ぶ人の身にもなって欲しい。……でも今更言うことを変えるつもりはない。


「確かに失敗かも知れません。でも、僕がこうして姫子ちゃんの問題に首を突っ込んだおかげで僕はこんなにも面白い人達に出会えたんです。なら、それだけで僕には今回の失敗を補っても十分お釣りが出るほどのものがあったんですよ。おかげで僕の退屈な日常は変わりました。とても面白い、非日常へと変わってくれました。ですから、できることならこの先もよろしくお願いします。……と、それだけじゃだめですか?」


 残念ながら、これが今の僕に言える精一杯の言葉だ。


「こちらからもよろしくだよ、お前さん。うーん、いまいち言葉に捻りがないのが残念だが、今のお前さんならそれで十分さ。この先しっかりと鍛えていけばいいさ。……けどな一つ私というか、私達からも一言お前さんに言いたいことがあると思うんだが。……どうだい、イズミ、メズちゃん、ヒメちゃん、それからリコちゃん」

「ええ」『ですね』『はい』「勿論」


 五人は僕の方を向いてシニカルに、優雅に、静かに、可愛らしく、楽しそうに笑った。



「『一番面白いのは自分自身だと気付きなさい』」



 こうして僕の非日常はこれからの僕の日常になった。


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君の隣にある日常 茶熊みさお @chakuma

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