後日談短編1:ある日の執務室2
部屋に着くと、ショウタは急に押し黙った。先ほどまで散々降ろせだの仕事しろだの喚いていたのに。
「どうした、ショウタ」
ベッドにそっと降ろし、目線を合わせるために屈むと、ショウタは瞳にうっすら涙を滲ませていた。
「しょ……ショウタ!?どうした!どこか痛むのかっ?い、い、医者を……」
自分は多少血が流れようが熱を出そうが平気な顔をしているのに、ことショウタのこととなると冷静ではいられない。おろおろと外に向かおうとしたファロの着物の袖を、ショウタはぎゅっと握りしめた。
「おれ、ファロのこども、産めるかな……」
不安そうな声を聞いて、ファロはぎゅっとショウタを抱きしめた。ショウタも応えるようにその背に手を回す。
「あいつの言ったことを気にしていたのか?」
優しく問いかけると、胸の内でこっくりと真白の頭がうなずいた。
おのれ、アベルめ。今夜は絶対深夜残業させてやる。王はひっそりと決意する。
「すまない、我々の一族は気を遣うということがなくてだな……。ショウタが考えるような深い意味はない。安心しろ。我々は元々子ができにくい民族だ」
ショウタの言うでりかしーという言葉がないくらいだ。蝶の一族は戦闘民族。誰にでも忌憚なく話をするし、ちょっとやそっとの言葉で落ち込む者がいないのだ。アベルも悪気がなかったのだろうが、可愛いショウタを泣かせたというだけで深夜残業の刑に値する。
この国では、子どもは仲の良い夫婦でも二年はかかると言われている。男、しかも同種外を孕ませる蝶の一族は、繁殖力がそれほど良くはないのである。
「ごめん。女々しくて」
それなりにショックだったのだろう。普段は惜しみない笑顔を振りまいているというのに、悲しい顔を見せないようにするためか、ファロの胸元から顔を出そうとしない。
クックッと笑う響きがして、ショウタはのろのろと顔を出した。ファロが笑っている。
「何で笑うのさ」
仮にも嫁が落ち込んでいるというのに。
「いや、ショウタに甘えてもらうのも悪くない」
ファロはまたにやにやしている。
出会った半年前から、お互いに随分変わったものだ。あの頃ショウタはいつも笑顔でいなくてはならないと思って、強がってばかりいた。どんなにつらい時も、いつも笑っていた。一方ファロはちっとも笑わなかった。いつも気を張っていたし、(ショウタからすれば)不機嫌なオーラばかり出していた。
それがショウタはファロに甘えられるようになったし、時には泣けるようになった。ファロはよく笑うようになったし、穏やかになった。
「……ファロ」
「なんだ?」
「……いつも、ありがと」
遠慮なく笑ったり泣いたり、甘えたりできるのは、ファロのおかげ。ショウタはにやにや笑ってるファロに、にこっと笑い返した。
「……ショウタ」
「ふぇ?」
「……そのような顔をしてただで済むと思ってないだろうな……?」
あれ、なんか急に雰囲気変わったな、と思っているうちに、唇がふさがれる。びっくりして口を開いたら、遠慮なく舌が侵入してきた。
「……ふぐっ……ぅ……」
「これだから油断ならん。なんたる小悪魔ぶり……」
ショウタがキスに夢中になっている間に、帯をほどき、着物を脱がせる。裸にするまで何秒かかったかという神業だった。ショウタが来る前はプロの娼夫と遊ぶことも多かったので、慣れた手つきであっという間にショウタを追い上げる。
「ぇ……ちょ、ちょっと……ふぁろっ……」
本当に朝からやるの?とちょっと焦るショウタが可愛い。
明るいところでしたことがないから、いたたまれなさで全身赤くなっている。
「ほら、俺の子を産んでくれるのだろう?」
耳元で囁くと、ショウタは恨めしそうにファロを睨んだ。
「い、今したってできるわけじゃ……」
「分からないではないか。数こなせばその内当たるやもしれん」
それでももじもじと抵抗するショウタを意にも介さず、胸の真ん中で震えている可愛い飾りに唇を寄せた。
「ふぁ……うっ……」
ちゅうっと吸い上げると、この半年でファロ好みに懐いた体は、素直に反応する。
原生林の中で日に焼けないで育った白い肌が、ぴくぴくと震えた。
いつもベッドサイドに常備しておく香油のツボの中身を指にまとわらせ、ぐっとショウタに突き入れる。
「ぅあ……あっ、き、きのうも……っきのうもしたのにっ」
「そうだな。まだ柔らかい」
ファロを押しのけるようにしていた手は、今やファロの着物に縋り付いている。ぐちゅぐちゅと中をいじってやると、ショウタの体温があっという間に上がった。
「あ、ぁ、……きもちいっ……」
明るい太陽から逃れるように身を捩る。
その体を押さえつけて、ファロは前だけ寛げると、ショウタの中に遠慮なく侵入した。ファロに慣れたショウタの中は、ファロを喜んで食い絞める。
「ショウタ、俺も気持ちいい」
泣きが入って来たおでこに、ファロはちゅっと口づけた。しかし意識が飛んできたショウタの耳には、あまり入っていないらしい。
ぐっと奥まで入り込むと、ショウタの手に力が入った。
「あ、あっ……そこ……ん、ん、ふっ……」
のぼせるような熱に、頭がぼんやりとする。
ショウタの限界も近いらしいが、ファロにもあまり余裕がない。
「あ、ぁ……ファロ、……きれいだ」
いつの間にか燃えるような赤色に変わった髪に触れて、いつもは黒いが今は深紅の瞳をのぞき込む。着物を着ているから見えないが、きっと背中の蝶の色も濃くなっているに違いない。蝶の一族は気分が高揚すると、背中の蝶と同色に髪と目が変化する。そうさせているのが自分だということに、ショウタはちょっとした優越感を覚える。
蝶の一族の中でも、最強の赤。それが、自分の夫。
「ファロ……!ファロっ……好き」
「俺も、愛してるよ、ショウタ」
褐色の肌と、透き通った白い肌、燃えるような赤い髪と、真っ白な髪、深紅の瞳と、グレーの瞳が交錯する。
頑丈なベットをきしませて、ファロは限界までショウタに入り込む。ショウタの中が震えて、ファロに縋り付く様に絡みついた。その閉まり具合の良さに満足しながら、隘路を突き上げる。
「あ、……ふぁあっ……。も、もうきちゃ……」
「いい、いけ」
ショウタのいいところを攻め上げる。
「ん――――」
声にならない叫び声をあげて、ショウタが果てた。隘路がぎゅっとすぼまったり広がったり痙攣して、ファロを追い詰める。ファロも我慢せずに、ショウタの奥に入り込んで果てた。
「……眠ったか」
昨日といい今朝といい、多少無理させたような気もする。
「愛いな、俺のショウタ……」
くたりとベッドに沈むおでこに、やさしく口づけた。
ショウタだけが、ファロの癒し。ファロの宝。
出会えたということに、らしくもなく神というものに感謝したくなってしまう。
「おやすみ」
今度は僅かに上下するほっぺたに口づけて、ファロは手早く身だしなみを整えると、部屋を出た。
「おい、お前」
「はっ!」
部屋の外で待機していた近衛兵が、ピシリと背筋を伸ばす。
「ショウタが起きる気配がしたら、さりげなく外れろよ」
「はっ、心得ております!」
ほんのり兵士の顔が赤いことには目を瞑っておく。ここ蝶の国では、王の寝室と言えど護衛は外せない。しかし平和な村の出であるショウタはそういう存在に慣れていないので、ショウタが気恥ずかしくならないように手回ししていた。本当は毎晩護衛が戸の外側にいるのだが、ショウタが起きてくる時間だけ中座させている。だからまだショウタは他人に全部聞かれているということに気づいていないが、知った日にはしばらく口がきいてもらえないかもしれない。
いや、拗ねて照れるショウタも可愛いかもしれない。ちょっとばれてみたい……でも……。内心の葛藤を抱えつつも、ショウタが起きて一緒に昼食を取るまで仕事をする。
「おや、以外と早いお帰りですね」
「ショウタに無理させすぎた……起きるまで仕事するが、今日は早めに終わらす。あと、お前は残業な」
「な……!」
優秀な片腕だが自分の落ち度にはまったく気づかないアベルが絶句する。
ショウタが不安を覚えないくらい、もっとショウタを甘やかしたい。
半年前には一ミリも思わなかったであろう欲望を抑えつつ、王は昼を楽しみに仕事を続けたのであった。
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