後日談短編1:ある日の執務室

「お、いい天気だねー、今日も」

木枠が組み合わさったシンプルな窓を開け放って、ショウタは窓から新鮮な空気を入れ込んだ。雲一つない快晴。秋の爽やかな風が流れ込んだ。何か一つでも王である恋人の役に立とうと、ショウタは執務室の換気や清掃をさせてもらうことがあった。


「全開にはするなよ。風で紙が飛ぶ」

朝から胃もたれがするほどの甘い視線をショウタに送って、ファロは優しく声をかけた。世界最強の戦闘民族の中の、最高峰とも言われる王が、この少年の前では形なしである。


「ショウタ殿、昼まで退室しといてもらえませんかね。午前中に昨日のツケはきっちり払ってもらわないと。」

そんな幼馴染を横目に、大臣のアベルはため息を吐いた。昨日の午後、ショウタが毛虫に刺されたとかでこの世の終わりのごとく発狂した王は、そのまま午後の執務をすっぽかしてショウタと居たのである。午前中にその分を終わらせてもらわなくては、また今夜もアベルが残業になる。紙の束はかなりの高さと幅で、ファロとアベルの机に広がっていた。


アベルの小言には気付かず、身を乗り出すようにして窓の外を見つめていたショウタが、ぼそりと呟いた。

「ほんと、すげーよなぁ……ほんとに男しかいねぇや」

場内では兵士だけでなく、掃除するもの、執事、文官、商人など多くの人たちが出入りしているが、全員男である。

蝶の国には男しかいない。それが世界最強とも言われる所以である。蝶の一族には一族外の男を孕ませる力があり、ショウタもそうやって連れて来られた1人だった。だからこの国には、男しかいない。蝶の一族は夫であり、外国人の男たちは妻である。


この国に来て半年が経とうとしているが、女系社会出身だったショウタにはいまだに見慣れない光景だった。こんな立派な城はないが、村の中央にあった集会所には、ショウタの曾祖母に当たる族長のおばばを始め、多くの女たちが出入りしていたものである。


ショウタの呟きを耳にしたアベルは、ふと思いついたかのように言った。

「そういえば子作りは順調なんですか?」

「うおおおおい!あっぶねぇ!窓から落ちるだろうが!」

突然のアベルの一言に、ショウタは思わずバランスを崩しかけた。原生林の村出身なので、高いところから落ちるなんていうヘマは一生ないかと思っていたが、不意打ちというのは恐ろしいものである。


「順調も何も、毎日励んでおるわ」

窓際であたふたするショウタを、ファロは危なげなく抱き上げる。ショウタは出身村のアルルでは長身の方だったのだが、ここ蝶の国の中ではかなり小柄だった。

「そーですか、それならいいんですけどね。無駄に残業してたら私も報われませんから」

こうも遠慮なく嫌味を言うのは、アベルがファロの幼馴染だからである。

「アベルの言う通りだな。ではお前の進言通りこれから励んでくることにしよう」

その嫌味に不遜な笑みで返したファロは、そのままひょいとショウタを担ぎ上げた。


「え……ぇ、ええ!?何言ってんだよ!まだ朝だぞ!」

「そ、そうですよ!まだこんなに仕事が残っているのに、何をバカなことを!」

二人同時に焦ったように抗議しても、この国では頂点に立つ男にはどこ吹く風である。


「じゃあそういうことだ。後は頼む」

そのままスタスタと歩き去るファロの肩で、昨夜も散々したじゃねぇかとか、今日はアオと薬草摘みに行くのにとか、可愛らしい抵抗が続く。

それをにまにま聞き過ごすファロの顔をみて、アベルは己の敗北を悟った。

「今夜は残業か……」

睨まれたら魂を持って行かれるとまで噂された恐皇の変わりように、もはや黙る他なさそうである。

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