第26話

「どうだ、名実共に俺のものになった気分は?」

夜、テラスで祝宴の酔いを覚ましていると、いつの間に身支度を済ませたのか、公私共に夫となった男が背後に立っていた。

「その言葉、そのままそっくり返してあげるよ」

やけに上機嫌らしい世界最強の男を困らせてみたくて、意地悪に返してみる。

にやっと笑った顔を見る限り、どうも楽しんでいるみたいだ。


「なんだよ、にやにやしちゃってさ」

「蝶を1人で五体倒せる嫁を貰って、光栄だと思ってな」

「……けっ……」

揶揄われているのだと気付いて、視線を夜空に戻した。アルルで暮らしていた時は、原生林に囲まれて夜空なんてほとんど見られなかったが、ここでは満天の星と、大きな月をいつでも見ることができる。

これを贅沢だと思えるのは、あとどれくらいだろうか。自分はそのうち、こちらの世界が当たり前になって、アルルの方を非日常だと思う日が来るのかもしれない。


「森で生きて来た俺と、平地でしか戦ったことのないあんたたちは違う。森じゃおれ、ファロにだって勝つ自信あるよ」

「拗ねるな。褒めてる」

テラスの椅子を引っ張って、ファロがすぐ隣に座った。引き寄せて来る腕には逆らわずに、大人しく腕の中に収まる。ファロの腕の中は、ここ数か月ですっかり居心地のいい場所になった。

すっかり夏を迎えているが、夜風の中だったらくっついていても暑くない。心地良い体温に、無意識に頭を擦りつける。


「……悪くないかも」

「何が?」

「……あんたと、結婚したこと」

そう言ったあとで、これだと誤解を招きそうな表現だなと思い直した。

「……いや、あの……上手く説明できないんだけど、幸せだなと思って」

自分で片意地張らなくても、生きて行けること。人の目を気にして、がむしゃらにならなくても、受け止めてくれる人がいること。

そしてその人と、家族を持つこと。

そのどれも、かけがえのないことだと思えた。


「俺も同じだ。お前がいて幸せだ」

新しい王として就任し、父王以上の実力を求められながら、蝶国という大国を築き上げてきたファロも、どこかで自分を見失っていたのかもしれない。もしも自分がそのファロを癒せているのだとしたら、ちょっと自分を褒めてやってもいいかもしれない。


端正な顔が下りて来るのを、目を瞑って受け入れた。

優しい口づけを受けながら、泣いて起きることはもうなさそうだと確信した。




「ぁ……っ」

自分の夫になったのだと思うと、夜の時間も気恥ずかしくなくなった。

自分の全てを無条件で受け入れてくれる人なのだから、自分がどうなってしまっても大丈夫だという安心感がある。

「ファロっ……」

呼ぶと、安心させるように回された腕に力が入った。

今は向かい合っていて見えない背中の蝶を、指で辿ってみる。

いつもは黒いのに今は赤い目が、優しく微笑んだ。


「ふっ……ね、じれったいよ……」

初夜だから、と優しくされた。下腹部から緩やかな快感が回ってきて、全身甘やかされているみたいだった。でも、今はファロの体にすっかり慣れてしまったので、こんなんでは満足できない。

「お願い」

ぐっと首を引き寄せて、耳元に直接吹き込んだ。妻の誘い文句に、満更でもなさそうな顔をする。


「他でもない奥さんの頼みだからな」

わざとらしく言って、ファロはショウタごと体を起こした。ファロに座り込むような形になって、逞しい腕で揺さぶられた。

「ふ、い、……あ、あっ……」


包み込むように抱きしめられていると、今どうしても伝えなくてはならないことがあるような気がする。

「ファロ、好きだ……」

目を見つめて言うと、褒めるように優しい口づけが与えられる。


この人の側で、ずっと生きていく。

今はファロが、ショウタにとってのアルルの森なのだ。





三か月後、蝶国は隣国との戦に勝利し、領土を更に拡大した。

蝶国で伝説の名君ともいわれた皇帝ファロの隣には、真白の髪の王妃がいつも寄り添っていたという。

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