蝶ノ国ノオハナシ

沙汰野乃子(さた ののこ)

プロローグ

「ふー、あっつ……」

大人が五人手を繋いだって、一周することのできない大木が生い茂る太古の原生林。そのちょっとした切れ目の広場に、この集会所は建っている。

集会所と言っても、屋根もなければ壁もない。木製の高床が広がる簡素な建物だ。しかしここが唯一、村の中では直射日光の差す場所であり、大勢が集まることのできる広場なのだ。

初夏の日差しが、この原生林の切れ目に鋭く差し込んでいる。その眩しさに、思わず目を顰めた。原生林の中で暮らしてきたゆえに、ちっとも日焼けしない白い肌と、色素の薄い目にはきつ過ぎる。手をかざして日よけをしようにも、暗闇で過ごすことになれている目には、大した役に立たなかった。

邪魔にならないように、頭の上の方で一括りした腰まで届く白い髪が風に揺れる。男の長髪は、この村の中では未成年の証。ついに切ることなく他所に行くことになったのは、少し皮肉なことかもしれない。

しかし、原生林と同じ碧色の瞳には、憂いも悲しみの色も混ぜたりしない。自ら進んでこの運命を選んだのだから、誰にも心配をかけてはならないと、自分に言いきかせる。


普段だったら、こんな真昼間の集会所には誰もいない。今の時間だったら、家族で昼食を囲んで、午後の働きに備えて一休みしている頃合いだ。

しかし今は逆に、村人の全員が集っていた。

今日をもって、もう二度と帰ってこないかもしれない仲間の、今生の別れを惜しむために。

人口千五百人の小さな村では、全員が親戚のようなものだった。有事の際には、本当の家族のように助け合って生きている。しかし今、この村の運命は、まだ成人すら迎えていないたった一人の子どもに委ねられているわけだ。この一人以外に村は救えないし、他の人間は何もすることができない。

「……今日は、何かいいことありそうな気がするよ」

誰もがその逆を予想する中で、あえてそう言って笑ってみた。

自分の肩に千五百人の命が乗っかってるなんて、そうでもしてみないと重すぎる。

今日がどんな日になろうと、何が起ころうと、今日という一日、明日という一日を幸せに生きて見せようではないか。そうすれば、きっとこの村のみんながまた笑えるようになる。

滅多に拝めなかった太陽の光は、これから幾度となく味わうことになるのだろうか。

白い手を天に翳し、指の隙間から天を仰いでみた。

ぎらぎらの太陽に負けないくらいの眩しい笑顔を浮かべてみたら、全てなんとなく、上手くいくような気がしてくる。

たとえみんなが、悲しい顔をしていても。すすり泣く声が、溢れていたとしても。

笑い通してみせる。

「じゃ、行ってくる」

アルル村のみんな、そして天にいらっしゃる姉上。

俺は、きっと幸せになります。


たとえ、もうこのアルルに二度と帰れないのだとしても。

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