第20話

「いよいよお輿入れですか……感慨深いですね」

ぼそりと呟いたアオは、珍しく隣で晩餐を囲んでいる。明日がお披露目の日となった今夜、ショウタは上皇夫妻、ファロ、アオと五人で食卓を囲んでいた。本当であればショウタの身内が来て食事をすべきなのだが、女系社会のアルルの身内は来ていない。代わりに無理を言ってアオを招待した。

お披露目前の食事会でもあるが、明日はショウタの18の誕生日、ショウタが成人する日でもある。前祝いということで食卓には豪華な食事が並び、どれもショウタの好きな物ばかりだった。


「すっごく綺麗な民族衣装ができているんでしょ?楽しみだなぁ」

皇太后は、息子の晴れ姿よりも嫁の晴れ姿を楽しみにしているのだという。ファロの服装は軍服が白色になって、多少飾が付くだけの、変わり映えのない格好だというが、こちらへ来てまだ国の行事を経験していないショウタには、白い軍服姿のファロも楽しみである。


「それより、警護を始めぬかりなく準備しておるだろうな?わしらの時も反王権派が派手に暴れ回ったからのぉ」

立派な白髭を撫で、上皇が昔を懐かしむような目をした。息子が晴れてお披露目をするということで、自然と自分の時を思い出すのだろう。

「当然っす、上皇陛下。何よりおチビちゃんの警護担当は俺っすから」

上皇と現王が食事を共にするとなって、警護でカインが来ていた。

お披露目のとき、まず神殿で神と貴族の前にお披露目をするのだが、先に夫であるファロが神殿におり、嫁に来るショウタが後から馬車でやって来るというのが慣例らしい。外国の妻たちが輿入れする蝶国にとって、結婚の象徴的行為だそうだ。


「反王権派とは、何ですか?」

初めて聞くことばに、ショウタが尋ねると、ファロが分かりやすく顔をしかめた。

「親父、祝い事の前で嫁を脅すのはやめてくれ」

そうか、と黙りそうになった上皇に、慌ててショウタがフォローした。

「いや、いいんだファロ、俺、もっといろんなこと知りたい」

この国の王妃として輿入れするからには、良い事も悪い事も知っておかなくてはならない。まだまだショウタは知らないことが多すぎる。


「昔から、王制に反対する蝶の一族の輩がいての。王も貴族もない、自由な国にしたいというやつらよ。国家行事の度にテロだの暗殺だの企てるわけだが、特にお披露目のときは活発になる」

やはり王に子を成す者とあらば、妨害せざるを得ないのだろう。世継ぎが生まれることは、彼らにとってそれほど歓迎的なことではない。

「自由な国、か。蝶の一族のように個々が力をもっている民族は、平等社会だと返って危なそうだけど」

アルルの族長一家と一般家庭の関係が近いのは、アルルの人口が千五百人くらいしかいないからだ。全ての家が何かしら親戚関係で結ばれており、ショウタとアオのように忌憚のない関係をもっている。

しかし蝶国のように多種多様の外国人が住み、蝶の一族は血の気が多いとくれば、圧倒的な力をもつリーダーの存在は必然だろう。


「ショウタの言う通り。さすがは族長の御子息だな。いい嫁が来たもんだ」

感心したように上皇が目を細めた。

「当たり前だろ、俺の嫁なんだから」

「最後まで結婚を渋ってたのは誰かな~」

「……てめぇ……」

ファロは初めこそ両親との関わり方が分からず、両親と会う時は緊張するとまで言っていたが、ショウタが来てからの二か月半、ショウタを介して関わりを持つ内に、すっかり打ち解けていた。


ショウタもなるべく二人の事は「お義父さん、お義母さん」と呼ぶようにして、気軽な関係をもってきた。せっかくの親子がギクシャクしていたら、それは悲しいことだとショウタ自身思ったのである。ショウタは両親を捨ててこの国に来てしまったが、ファロは親が側にいるのだ。なるべく良い関係でいてほしい。

ショウタも同じように嫁いできた皇太后と関わることで、お披露目までの準備も心配なく終えられた。その内子どもを持つようになったら、もっと良いアドバイスももらえるのではないかと思っている。


「しかし、油断はいけませんよ、ファロ。隣国の動きも怪しいですし」

一か月半前にひと悶着あった「人質騒動」だが、どうやら隣国は人質を送ることを拒んでおり、外交上の軋轢もひどくなる一方である。近いうちに戦争になるかもしれない、と兵士たちが浮足立っていたのを、ショウタも見ていた。蝶国は基本的に戦争が大好きであり、戦争の噂があるだけで皆意気揚々とするのだという。


「分かってる。心配要らねぇ。護衛の数も警備の数も、かなり増やした」

「まぁ、あまり縁起ないことを話すものではないな。さて、仕切り直して新しい酒を開けるか」

上皇はそういうと秘伝の酒を出してくる。ショウタも未成年だが、明日には成人するのでちょっといただいた。でも「いい酒」と言われても、飲みなれていないのでサッパリ分からない。

こういうのは、酒の味が分かってから飲もうと、ショウタはぶどうジュースに口をつけた。


「そうか、そういや明日で成人だな。断髪はお披露目の後がいいかな」

「そうですね。朝からバタバタしますし」

自分より明日の流れをよく把握しているアオに確認する。やはりこの長い髪を切っている時間はないようだ。

「だ、んぱつ、だと……」

アオとの会話を、ファロが恐ろしいものでも見るかのように凝視してきた。

「そうだよ、断髪。アルルでは男も女も成人したら髪を切るんだ。女は切ったあとまた伸ばす人も多いけど」

髪を伸ばすことで、こどもの健康が続く様にという願いが込められている。やっと鬱陶しい長髪から解放されると思うと感無量だ。


「だめだ」

「は?」

「髪を切るなんて許さん」

「……っ!なんだよそれー!」

髪を切らなければイマイチ成人した実感が湧かない。そもそもこれは伝統行事であって、アルル古来から守られてきた文化だ。

ああだこうだ言って説得に努めるが、頑固な王様はちっとも首を縦に振る気配がない。

「諦めろよ、ちびちゃん。こいつは一度決めたら言う事聞かねぇし。……確かにちょっと勿体ないし……」

壁脇に立っていた護衛兵まで一斉に頷いた。口出しこそしないものの、みんな一様に髪を切るのに反対していたようだ。


「……何だよ、それ……」

期を伺ってこっそり切ってしまおうか。

そう企んでいると、鋭い眼光が飛んできた。

「勝手に切ったらただじゃおかねーぞ」

言葉にこそしないものの、暗にベッドで、と言われているようで、思わず黙り込む。ただでさえ毎日貪られているというのに、怒り狂ったら何をされるか分かったもんじゃない。


「諦めましょう」

アオに言われなくても、そのつもりだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます