第17話

腕を引かれていった場所は、城の南東にある離宮だった。今まで窓から眺めていて、何となく何の建物なんだろうと思っていたことを思い出す。離宮はこじんまりした造りをしていて、色鮮やかな花の咲き乱れる庭があった。庭に面してテラスがあり、日がよく差し込む構造をしている。離宮自体は平屋で、今までに見たことのない形をしていた。どこかの民族の伝統なのだろうが、ショウタは皆目見当もつかない。そもそも蝶国は石造りかレンガ造りが建物の基本だが、この離宮は木造だった。

テラスの方へ向かうと、小さなテーブルを囲んで二人の人が座っているのが見えた。一人は60代の屈強な男で、もう一人は背の低い、中年の男である。背格好から見て、屈強な男は蝶の一族、背の低い方は外国人だと分かった。おそらく夫婦なのだろう。護衛は二人ほどいるようだが、使用人の類は一切見かけなかった。


近付いてくるファロとショウタの姿に気づくと、背の低い人の方が護衛に何かを告げる。護衛は建物に入っていくと、紅茶のカップを二つと、椅子を二つ用意してきた。どうやら歓迎してくれるらしい。

近付いてみると、屈強な男はファロによく似ていた。そこで何となく、二人がどういう人物かを察する。

「親父、お袋」

ファロがそう話しかけたので、何となくが確信に変わった。一年前に第一線から退いたという上皇と、その妻の皇太后なのだ。上皇は軍服ではなく、もっとゆったりとした簡素な着物を着ていた。

「こいつはアルル村のショウタ。近いうちに結婚しようと思っている」

突然そう紹介されて、ショウタは内心穏やかではない。いつ自分たちが近いうちに結婚することになったのか。しかしご両親の手前見っともない真似はできないので、言いたいことはぐっとこらえた。


「初めまして。ファロの母です」

「父だ、よろしく」

にっこりとほほ笑む皇太后は、30の息子がいるとは思えないほど若々しい。そして上皇陛下は、声までがファロにそっくりだった。

「初めまして……ショウタです」

ぺこっとお辞儀をすると、椅子を勧められた。目の前にクッキーが差し出されて、ありがたく頂戴する。

「そろそろ来てくれるんじゃないかな~って、思ってたんだ。ショウタくんがクッキー好きだって聞いたから、毎日焼いて待ってたんだよ」

「毎日、待ってた、んですか」

それも、来るか来ないかも分からないのに、クッキーを焼いて。


「カインとアベルはもう一人の息子って感じでね、その二人が口をそろえてファロが新しい人質にぞっこんだって言ってたから、こりゃあ結婚するだろうなって思ってたの。お父さんにそっくりで強引だから、ファロ」

ね、っと皇太后が微笑みかけると、上皇もファロも複雑な表情をしていた。似てると言われるのが好きではないらしい。

「で、いつお披露目するの?」

30年間待ち続けた朗報に、居ても経ってもいられないらしい。手伝う事があれば協力すると、皇太后は身を乗り出した。

「……衣装ができ次第だな。今こいつのお付きが一生懸命作ってる」

アオがそんなことをしているとは知らなかった。どうも蝶国では、結婚式というものはなく、夫婦になることを決めたカップルがお披露目をするのが伝統らしい。ということは、アオは少し前からファロがショウタと結婚するつもりだと分かっていたということになる。サプライズだか何だか知らないが、隠していたアオには後で厳重に抗議しなくてはならない。


「まぁそういうことだ、邪魔したな」

「せっかく来たのに、もっとゆっくりして行ったら?」

皇太后は少し寂しそうだ。でもファロは何か落ち着かないらしく、そわそわしている。

「また遊びに来ます」

ショウタがそう言い添えると、皇太后も納得した顔になる。

「そうだね、また来てね、待ってるから」

皇太后がそう言い終えるや否や、ファロはまたショウタの腕を引っ張っていった。ショウタも振り向きざまにお辞儀して、一緒に離宮を出る。離宮を出ると、ファロは少しほっとしたような表情だった。

「……緊張してた?」

「ああ……あの人たちに会うのは緊張する」

自分の両親だというのに、ファロはどう接していいのかよく分からないのだと言う。


「俺の母は体が弱かった。俺を産んだときも命が危ないと言われた。だから親父は子どもは一人だけって決めて、代わりに俺を厳しく育てた。俺は親父やお袋と過ごした時間があまり長くない」

他人ではない。でも親子というには遠い。だから距離感が分からなくて、いつもギクシャクしてしまうのだという。

「だから家族なんてものは面倒だとずっと思っていた。家族がいる良さというのも知らなかった。だからお前に言うのがずっと遅れてしまった」

ファロはその場で突然跪いた。離宮の外苑に咲き乱れる花びらが、風に煽られて

ひらひらとその頭に降り積もる。いつもは見降ろされている顔を、今は見降ろすことになった。


「ショウタ、俺と結婚してほしい」

改めて言われると、胸がじんわりと熱くなった。次から次に涙が出て、自分がそんな幸せを手にしてしまっていいのか迷う。

「俺で、いいの……?」

「お前でないとだめだ。俺を幸せにしてくれ」

自分という存在が、誰かを幸せにできるなんて、それこそ過ぎた幸せのような気がした。でも、自分はもうファロがいなくては生きてゆけない。この手がなければ、呼吸の仕方もきっと忘れてしまう。

「はいっ。ファロを幸せにしますっ」

涙で途切れながらも力いっぱい応えると、次の瞬間には腕に抱き寄せられていた。大きな胸板に頭をあずけて、目を閉じる。なんて安心できる場所なんだろうと、ショウタは震える息を吐きだした。

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