第16話

階下に降りてみると、二人はもう剣を抜いていた。そうなると誰にも止められないようで、応援に駆け付けた兵士たちも固唾を呑んで立ち尽くしている。

二人はあっという間にお互いの距離を詰め、真剣で激しく打ち合った。二人共長身で、剣もそれなりの重さと長さがあるので、戦っているとかなりの迫力がある。

巨体なのにどうしてそんなに細やかに動けるのか、静と動の動きを交互に繰り返しながら、二人の剣がお互いの体を掠めていく。ファロが一歩前に踏み出し、剣を薙ぎ払うと、カインは一度それを避け、次には正面から受け止めた。よけ切れないところがあったのか、頬に一筋の切れ目ができて、そこを血が伝っていく。


「アベル、どうしようっ。カインは俺のせいで怒ってるんだ」

「……特に悪い条件でもなければ、陛下が勝つでしょうね」

「……どうやって、勝負をつけるっていうの……?」

アベルはそれには答えない。ただじっと二人の戦う姿を見ている。悪い予感がして、死の臭いが頭をよぎった。

死の臭い、それは、血だ。


目の前で、今度は血が飛んだ。カインの左腕が、深く切られている。ファロも無傷ではなく、軍服の裾に血がにじんでいた。

止めさせないと、と頭がガンガンする。やめさせないと、どちらかが死ぬのだろうか。大切な人が、大切な人によって殺されてしまう。


姉上みたいに、死んでしまう。


「やめろ―――ッ!!」

気付いたら飛び出していた。カインに背中を向け、ファロには顔を向ける。両腕を広げて、二人の間に割り込んだ。驚いた二人の手から剣が滑り落ちる。二本の剣が、音を立てて地面に転がった。

「ショウタ、危ない。そこをどけ」

ファロは初めて会ったときよりもずっと険しい表情で、殺気を隠すこともなくショウタに対峙した。その圧倒的な威圧感に怯えそうになりながらも、自分を震い立たせる。

「嫌だ、どかない!あんたにあんたの大切な人を殺させないっ」

その真剣な瞳に、今度はわずかにファロがたじろぐ。赤い髪と瞳がみるみる黒くなっていった。


「ショウタ……」

「あんたに俺と同じ思いなんかさせないっ。ファロを苦しませることなんか、絶対に……」

ここでカインを切れば、傷つくのはカインではない。ファロ自身だ。姉を死なせたショウタには、それがよく分かる。

「……俺、いいんだ。ファロが新しい人質をとったって、俺といつも一緒にいられなくったって。ファロが、幸せであればっ……」

本当は良くない。ちっとも良くない。きっとそうなったら、毎日泣いて過ごすことになるのだろう。でも、ファロが毎日泣いているよりも、自分が泣く方がずっといい。

「あんたが……、ファロが、好きだからっ」

言うつもりのないことを言ってしまった。自分がどうしようもなくみじめな人間になったみたいで、涙があふれてくる。

ファロはすっかり穏やかになって、剣を地面に転がしたまま、近付いてきた。もう怒ってなさそうだから、安心する。すると、ファロはショウタを引き寄せ、ぐっと抱きしめてきた。


「俺も、お前を愛している、ショウタ。お前以外の誰とも、一緒になるつもりはない」

耳元にささやかれると、聞き間違いのしようがない。あれ、どういうことだろうかと首を傾げると、アベルが口をはさんできた。

「隣国の人質のことなら、あれは本当にただの人質です。到着したら牢屋に入れることになっています」

「……おちびちゃん、蝶の一族は一夫一婦制だ。それに蝶の一族は愛情深くて、死が二人を分かつまでは、パートナーを変えることはまずない」

二人が今までの成り行きをすべて承知しているかのように会話している。

ショウタはえ、え?と戸惑いを隠せなかった。

「ショウタ殿は間違いなく陛下の特別です。それはカインもわたしも承知しています」

だから本当はファロを挑発して戦う必要なんてなかったのだという。アベルは無用な争いを避けようと思ってカインを引き留めようとしたらしい。カインもカインで人質の件をショウタが勘違いしていることや、ファロがショウタと結婚しようとしていることは知っていたのだという。


「え、え?じゃあ何で二人共喧嘩してたの?」

「陛下がいつまでもおチビちゃんになぁなぁな態度をとってるから、つい頭に来ちまってさ」

「ショウタをもらうとまで言われたら、戦わざるを得なかった」

でも御互い命を取ろうとは思っていなかったのだという。蝶の喧嘩は背中の蝶の文様を傷つければ終了するのだそうだ。

「他の部分はちょっとケガしてもすぐ治りますが、蝶の文様が描かれている部分は普通の人間と同じくらい治りが遅いのです。我々蝶の一族は、背中の傷が癒えるまでは何故か戦うことができなくなってしまいます」

まさに力の源であるということか。


「お前の言い分は分かった。確かにショウタにはっきりと結婚の話をしなかったのは俺の落ち度だ。ショウタが泣いていたことも知らなかった。お前の忠告には従う。だが、ショウタはお前にやらん」

ファロは心なしか強い力でショウタを抱きしめると、カインを睨みつけた。本気で奪うつもりなら、問答無用でぶった切るとでも言うように。

「陛下がいまやおチビちゃんなしじゃ居られないのは、俺が一番分かってますよ」

もらうと言ったのは、本当にただの挑発だったらしい。カインはあっさり手を引くと、剣と上着を拾い上げて帰っていった。髪も目も元の黒色に戻り、顔の傷はもうなく、腕の傷の血も止まっていた。蝶の一族の再生能力が高いというのは本当だったらしい。

普通の国だったら皇帝に刃を向けるなんて死罪に当たりそうだが、蝶の国では正式な喧嘩の場合、身分がどうであれ不問だそうだ。そもそも国で一番強い国王と正式な決闘をしようとする者がいないらしいが、カインほどの腕であれば、まれにファロに勝てることもあるらしい。


「ショウタ、俺と来てほしいところがある」

カインがいなくなると、やっとファロはショウタを腕から離した。

「どこ?」

「すぐ近くだ。歩いて10分ほどの」

そう言うと、ショウタの手をとって歩き始める。その背中が少し緊張しているようで、一体どこに行くつもりなのだろうと、ぼんやり思った。


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