第15話

「おちびちゃん、こんなところでどうした?」

泣くと周囲に気を配れなくなるという癖は、早くどうにかした方がいいらしい。ショウタは背後からやってきたカインに声をかけられるまで、全く気付かなかった。

カインはこの一か月ですっかり打ち解けた。元々気さくな性格のようで、今ではファロの許可も得て気楽に話しかけてくれる。

「あ、あは、あれ~……やだな、もう」

泣いているところをばっちり目撃されてしまい、上手く誤魔化すことにも失敗する。慌てて袖で涙を拭ったが、気づいたら手に持っていた生春巻きは、自分の涙で台無しになっていた。どっちみち泣き顔でファロに会うわけにもいかず、このまま引き返そうとカインとすれ違ったら、腕をとられて引き留められた。


「何があったんだ」

どうやら言わないと通してくれないらしい。こういう強引なところは蝶の一族の共通事項なのかもしれない。空気を読むとか気遣うとか、皆無の国である。

「……ちょっと動揺したんだ。大したことじゃない」

上手く逃げようと思ったが、この回答では不服のようで、まだ離してくれなかった。無言の促しを受けて、仕方なしに白状する。

「……俺、バカだから。ファロが新しく人質を取るって聞こえちゃって、動揺した。……見っともないから、離してくれよ」

自分の弱さを見せるようで惨めだったが、正直に話すと腕が自由になった。今度こそ帰ろうと思って一歩踏み出すと、今まで見たこともないくらい剣呑な表情をしているカインにぎょっとする。


「あいつ、おちびちゃんに対してまだケジメをつけてないのな」

「いや、いいんだ。俺も元々人質ってことで来たんだし、ファロは何も悪いことしてないよ」

どんどん険しい表情になっていくカインに、何とかフォローを試みる。しかしカインはかえってどんどん不機嫌になっていった。

「そういうことじゃねぇよ」

そういうと勢いよく階段を上り始める。

何だかいやな予感がして、ショウタは慌てて後を追った。


バンと勢いよくドアを開けて入室すると、ドアの前にいた兵士があまりのことに目を丸くしている。カインの真っ黒な瞳と髪は、今や金色に変化していた。

蝶の一族は、気分が高揚すると背中にある蝶の文様と同色に、髪と目が変色する。カインの背中を見たことがなかったが、それを見てカインが金色の蝶を背中に持っているのだと分かった。

「……どうしました、カイン」

弟のアベルがカインに問いかける。今のカインは抜き身のナイフのように殺気立っていて、声をかけることすら躊躇われた。


「陛下、いつまでそんなに情けない態度を続けてるんっすか。おチビちゃんをいつまでも不安にさせといて、あんたそれでも蝶の男か」

カインが言いたいことが何なのか、何となくファロにも分かったのだろう。執務室の王専用の机から、ファロが立ち上がった。

「……お前には関係のないことだ」

「いいや、関係ありますね。おチビちゃんは陛下のものになる前から一緒に旅した、いわば俺の友人だ。蝶の一族は、友人をコケにされて黙っちゃいらんねぇ」

カインの本気を悟ったのだろう。護衛兵が慌てて応援を呼びに走って行った。

「カイン、止めなさい。陛下の気持ちはあなたもよく分かっているはずです」

珍しくアベルが焦っている。カインを本気で怒らせたらどうなるのか、よく分かっているからだ。そして、国王を怒らせたらどうなるかも。

「陛下、あんたおチビちゃんに会う前はこうも言ってたみたいですね。アルルからの人質を気に入らなかったときは、俺かアベルのどっちかが貰えばいいって」

その言葉を聞いて、ファロの雰囲気も一気に鋭いものとなっていく。アベルが必至にカインを制止しようとしたが、カインは気にも止めない。

「あんたがそういう態度なら、俺は本気っすよ。あんたからおチビちゃんをもらう」


その瞬間、あっという間にファロの髪と目が赤く燃え上がった。カインに負けないくらいの殺気をもって、カインを睨みつける。

「貴様、そう言ったからには覚悟ができているんだろうな」

「当然っすよ。表に出ましょう」


そう言うが早いか否か、二人は消えた。消えたと思ったが、窓から飛び降りたらしい。疾風に煽られた窓がキィキィ音を立てて揺れている。

「……ファロっ!カイン……っ!」

まずいことになった、というのは本能的に感じた。慌てて窓に駆け寄ると、二階の窓から飛び降りた彼らが、軍服の上着を脱ぎ捨てているところだった。閨で何度か目にした、ファロの背中全体に広がる美しい蝶の文様が露になっている。対するカインの背中でも、金色の蝶が色鮮やかにうねっていた。

「……二人とも、本気ですね」

アベルが慌てて下へ降りていくのに、ショウタもついて行った。

どうしてこうなってしまったのか、さっぱり分からなかった。

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