第14話

王が新しい人質に夢中だという噂(事実だけど)は瞬く間に城、城下町、王都まで広がっていった。人質を迎えて一か月もしてしまうと、最早新しい人質の存在を知らない人がいないまでになった。

ショウタも蝶国で一か月も暮らしていると、大分生活になれた。アルルよりも高い気温に最初はバテていたが、涼しいところを選んで過ごせば何とかなった。くっきーという美味しい食べ物の存在も知った。


夜無茶をされなければ、ショウタは朝日と共に起き上がる。いつの間にか絡みついているファロの四肢を引きはがし、身支度を整える。ファロはショウタ以外の人間が寝室に入るとすぐに目を覚ますのに、ショウタがちょろちょろ動くだけでは全く目覚める気配がしない。

寝室の左隣りに用意されたショウタの部屋に入ると、もう既にアオが来ていて、その日の服を選んでくれる。服に合わせて長い髪も結い上げてくれるが、この一か月で大体ファロの好みを把握したらしく、手早く綺麗に仕上げてくれる。

そうしている内にファロが起きだし、軍服に着替えてノックもなしに部屋に入ってくる。身支度を整えるショウタを満足そうに眺め、支度が整うと共に食事をとる。


ファロがよっぽど忙しくないときは昼食と夕食も一緒にとる。午前と午後の空いた時間で、ショウタは乗馬の指導を受けたり、蝶国の読み書きを教わったり、アオと一緒に丘へ薬草摘みに行ったりしていた。その日あったことを食事の時間に一生懸命伝えるのを、ファロは大体短い相槌だけできいている。

仕事が忙しいときはショウタだけ先に寝ていることもあるが、たいていは毎晩抱き合って眠る。最近はすっかり体が作り替えられてしまったようで、いつも前後不覚になるまで揺さぶられていた。ファロの愛撫に慣れた体は、何もしないで眠ろうとするとなかなか寝付けない。そういうときも、夜中にはファロが侵入してきて夜這いを仕掛けられるので、結局毎晩啼かされて眠りについていた。人の適応力といううのは恐ろしいもので、今ではすっかりその生活に慣れていた。


六月も半ばになると、雨の季節になった。薬草摘みに行く事ができないので、何か面白いことでもないかと思っていたが、料理長がお菓子の作り方を教えてくれるようになった。元々甘い物が大好きだったし、炊事が苦にならない性質なので、最近はすっかり入りびたっている。お菓子だけでなく軽食を作る時もあり、甘い物が食べられないというファロのために、何か簡単につまめるものを差し入れることもあった。

今日のおやつは生春巻き。旬の野菜をたっぷりつめて巻き、ドレッシングをかけて食べる。食欲が減退するこの季節にもぴったりだ。ファロは喜んでくれるだろうか。

一階にある厨房から執務室のある二階まで上がっていく。階段を上っていると、珍しく執務室のドアが開いているのが見えた。そこからファロと左大臣アベルの声が聞こえてくる。


左大臣を務めるアベルは、カインの実弟だそうだ。外出の多い兵隊のカインと違って、アベルは内勤で色白であるし、小柄なので最初はピンとこなかった。しかしファロに対して遠慮なく接する口ぶりや態度が、何となく似ていると最近は感じる。

アベルは謁見の間で皇帝としてのファロに初めて会ったとき同席していたようで、ファロに対する遠慮のなさを気に入ってくれた。この一か月も何かと気にかけてくれている、頼れる人の一人でもある。


「隣国の外交は目に余るものがあります。やつらは我々と対等であると勘違いをしているのです。このままではいつ謀反を起すかわかりません」

「……しょうがねぇな、あのクソ狸の息子を人質に出せと通達しろ。拒否した場合はどうなるのか、よく言いきかせとけ」


「人質」という言葉が耳に引っかかり、ショウタは階段の途中で動けなくなってしまった。

ファロは、新しい人質をとるつもりなのか。

自分も人質としてこの国にやって来たし、自分が来る前もファロは何人か人質を迎えていた。その中に気に入る者がいなくて、すっかり臣下に格下げられたようだが、ファロは自分を気に入ってくれていると思っていた。

いや、ファロが新しい人質を迎えたところで、自分が放り出されることはないかもしれない。むしろ一国一城の主たるファロは、必要に迫られれば人質を取るのが正統的だ。

しかし、人質が来たら、やはりファロは自分にしたようにするのだろうか。


この一か月、有り余る幸せをファロからもらった。朝起きて、食事を共にし、夜一緒に寝る。当たり前のように繰り返してきたことが、それほど補償された日常ではなかったということを痛感した。

「惚れた」と言われたが、それだけだ。別に自分はファロと結婚しているわけでもないし、ファロが新しい人質を迎えたとしても、文句が言える立場でもない。しかし、心の底でどこか期待していたのだろう。自分はファロの特別であると。城内の誰もがそう言っていたから、図に乗ったのだ。優しく接してくれた人に対して感謝こそすれ、悲しんだり悔しがったりするのは出過ぎた真似だろう。

平然と、過ごせばいい。ファロが新しい人質を迎えたって、笑っていればいい。毎日一緒にご飯を食べなくなっても、一緒に眠らなくなっても、それは国王であるファロの自由ではないか。自分はただ今まで通り、身に余る幸せに感謝して、アオと薬草をとって、乗馬の練習をして、たまにファロに差し入れでもして、過ごせばよいではないか。


「あ、れ……」

笑おうと思ったのに、涙が出た。悲しくて、寂しくて、笑顔がつくれない。自分はいつからこんなにも、弱くなったのか。以前は心が反対向きでも、平然と笑っていられたではないか。なぜ以前のように、こんなにも簡単な動作ができないのか。

気持ちが自分自身を裏切る。なぜだ、と思ったときに、一か月前の森でファロが口にした言葉が蘇った。

「……ファロに、惚れちゃったのか、俺も」

好きだ、と今更ながら気づく。自分をこんなにも大切にしてくれた優しい王様が、好き。だから誰にも人質に来てほしくない。誰とも結婚してほしくない。ファロの身も心も、自分のものであったら良かったのに、と思ってしまう。

いつから自分はこんなにも、我が儘な人間になってしまったのだろうか。この一か月で、体だけでなく、心も変えられてしまったのだと気付く。


もうファロが自分だけのものでなければ、笑うことができないくらいに。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます