第13話
「午後は出かけるぞ」
昨日まで広いテーブルの端と端に座っていたのに、今日来てみたらもう少しこじんまりしたテーブルに替えられていた。ずっと近くなった顔を眺めると、やはりいい男だなと思う。きっとアルルに来たら女が引っ張りだこにするだろう。
「俺、だるいんだけど」
「馬車を用意する。こっから一時間くらいのところだから、そんなに遠くない」
拒否権はないらしい。有無を言わせない態度に、最早黙るしかなかった。むしろ事前に知らせてくれただけでも、良しと思わなければならないらしい。
「……お前は何が好きだ」
「え?」
ショウタの手元をじっと見ている様子からすると、食べ物のことを聞いているらしい。突然変わった話に戸惑いつつも、アルルで好きだった食べ物を思い起こしてみる。
「あ、甘いもの……」
特に姉が作ってくれる甘い菓子が好きで、よく食べていた。カボチャやサツマイモは、アルルでもよく採れる。
「えと、ファロは?」
「……甘い物は食べられない」
きっぱりと告げられた内容に、どうやら会話のキャッチボールは上手くないらしいと気付く。戦いが強くても、おしゃべりが好きなアルルの女にはマイナスポイントだろう。
それ以上どうやって会話を続けたら良いのか分からなくなって、結局黙ることになった。しかし当の本人は全く気にしていないらしい。手が届く位置にあるショウタの皿に、そっと大学芋を入れてくれた。だからショウタも、お返しに唐揚げを一つ入れてやる。会話がなくても相手が上機嫌らしいことは、穏やかな目元をみて何となくわかった。
道中は「体が辛いんだろう」と言って、無理やり膝枕された。こちらも腕力にものを言わせて押し切られたので、仕方なく横になる。しかしそのおかげで馬車の揺れも腰に響かなそうだった。髪をすいて撫でられると、心地よい揺れも手伝って瞼が下がってくる。
アルルではいつも後ろの高い位置で一つ結びにしていたが、ファロが「こっちの方が似合う」と言って、度々髪をほどいてしまった。アオは、「今度陛下のお気に召す髪型を研究します」と意気込んでいたので、しばらく髪をおもちゃにされる覚悟をする。
「眠ってていい」
うつらうつらと船を漕いでいると、優しい声が降ってきた。だからショウタは遠慮もせずに、しばらく昼寝を楽しんだ。
「着いた」
と短い一言がして、馬車が止まった。すぐには覚醒できなくてもぞもぞしていると、くつくつと笑う気配がする。ちゅっと音を立てて唇を吸われた。
「起きなければもっとする」
割と本気の脅しだと直感して、ショウタは慌てて飛び起きた。満足そうな微笑みが視界に飛び込んできて、なぜこの男はこんなにも上機嫌なのかとあきれる。
手を引かれて馬車を降りると、自分が小高い丘の上にいるのだと気付いた。見降ろすと王都が全体的に見える。高度な文明の技術が駆使されて建てられた計画都市は、こうして上から眺めると圧巻だった。
「本当に並外れた方向感覚があるらしいな」
言われずとも数秒で自分が来た方の方角を振り返ったショウタに、ファロは感心していった。
「その様子なら、特に説明せずともまたここに来られるだろう」
馬車の中で寝てていいと言ったのは、そのためだったらしい。確かにこの眺めの景観だけで、何となく馬車の通って来た道筋が分かる。距離も短いし、そんなに複雑な道ではない。
「お前に見せたいのはこっちだ」
ファロが真反対の方向を指したので振り返る。そこには森が広がっていた。森は中央の更に高い地点を中心に広がっているようで、アルルほどではないが立派な木がたくさん生えている。そのほとんどが落葉広葉樹で、初夏の今は若い葉が青々と茂っていた。
「この先には神殿があって、国の行事なんかで使われている。ショウタの生まれた場所ほどではないが、古い森だ。薬草もキノコもたくさんある」
ふわっと風が通ると、つい二週間ほど前に出て来たふるさとの森の香りがした。誤魔化そうとしても寂寥感が沸き上がって、自分がずっと無意識に森を求めていたことを自覚する。
「城からもすぐ来れる。俺がいないときでも、護衛を連れて自由に来ればいい」
「……ど、して……」
どうして、こんなにも自分に親切にしてくれるのか。自分は何も持たずにこの地へ来て、何も蝶国の皇帝にあげられるものなんかなくて、昨日も今も、泣いてばっかりいるのに。
溢れる涙が顔を伝う。また目が腫れてしまう。でもどうしようもなくてただ泣きじゃくると、ファロが長いゆびでその涙をぬぐった。
「お前に……惚れてしまったのだろうな」
ちょっと自信がなさそうなのは、今までそういう気持ちを持ったことがないからだと言い訳される。でも独占したい、誰にも触らせたくない、身も心も全て欲しいと、理性では抑えきれない欲望を正直にぶつけられると、何も言えなくなった。
世界最強の男は、アルルからきた少年に、すっかり心を奪われてしまったらしい。
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