第12話

「……なるほどな」

ずっとショウタの話を聞いていた男の、第一声はそれだった。

「ずっと不思議だった。何故俺がお前にどうしようもなく惹かれるのか」

大きな手に、長い真っ直ぐな白髪を梳かれる。その単純な動作が、何だか励ましているように感じた。

「会う前は、ただただ面倒だった。それこそ、カインが言ったように、一口二口食ったら放り出してしまおうと思うほどに。その気が変わったのは、お前が『王様を幸せにしたい』と言ったときだった。あの時、不思議と自分が喧嘩に負けたような錯覚に襲われた。世界最強の民族の、頂点に立つ自分が」

王様を幸せにしたいから、王様のことを教えてほしい。そう言った覚えが確かにある。しかしその時から、ファロが自分を見ているとは知らなかった。


「蝶の一族は、自分より強い存在に惹かれてしまう。これは本能だから、自分じゃどうしようもない。俺はこの民族の中じゃ一番強いから、国民みんなが俺を敬っているわけだ」

獣の理だ。一番強い者には、誰も頭を上げない。

「お前は俺より小さい。たぶん腕力も脚力も、戦いだって圧倒的に俺の方が強いはずだ。だから不思議だった」

何故、こんなにも小さく、弱い者に惹かれてしまうのか。何故、その存在に敗北したような気分を味わったのか。


「お前の心は、強い」


お世辞なんかじゃなく、本気で言っているとなんとなくわかった。涙腺が緩みそうになって、みっともなく泣き出しそうになるのをこらえる。

「俺、強くなんかないよ。弱虫だよ」

強がりを隠したくて離れようとしたら、思いのほか強い力で引き戻された。

暗い過去を背負い、笑い続けて来た。自らの過去に押しつぶされないように、誰よりも強く逞しくなって、単身でこの蝶国に乗り込んできた。村の命を守るため、まだ見ぬ誰かを幸せにするため、姉の言葉を守るため。

ふるさとも、自分の将来も、夢も希望も捨てて、誰かのためだけに、生きようとして。


「それでも、お前にどうしようもなく惹かれてしまう」


振り返れなかった。後ろから抱きしめられたまま、ただ涙が溢れてきた。時々嗚咽が漏れたけど、ファロは何も言わなかった。そしてぎゅっと抱きしめて、そっと頭を撫でてくれた。それがどうしようもなく、もう二度と会えないあの人を思い出させる。


「あねうえっ……ごめんなさいっ」


背中が温かい。

泣き疲れて、いつしか眠ってしまった。




久しぶりに深く眠っていた気がする。朝日が差し込むのをぼんやり眺めながら、何となく昨夜のことを思い出した。悲しい夢を見た翌朝は、気持ちを引きずって一人で泣くことも多かった。しかし今、悲しい気持ちは少しもなくて、心の霧が晴れたような気がした。

起きたらファロはもうとっくにいなくて、太陽は大分高い位置にあった。夜明けと共に目覚める習慣が染みついているのに、珍しいこともあるものだ。風邪でもひいたかと思ったが、体の関節痛は熱によるものではなさそうだった。

「目が覚めてるなら、いい加減起きたらどうですか」

目が覚めた時から、アオはずっと側にいた。色々言いたいことがあっても、言うのを我慢しているような顔だ。

「お前、こーなるって分かってたんだろ」

少し掠れた声でなじったら、アオが気まずそうに視線をそらした。

「言ったらあなたのことだから、色々ぐるぐる考え出したあげくに発狂すると思ったので」

それは当たっている。もし知っていたら、部屋の中まで入れなかった可能性がある。相変わらず上司を手のひらの上で転がすのがうまい。

「ご体調はいかがですか」

「体が痛い。だるい。目も腫れぼったい」

最後の一つは夜中に泣いたせいだが、罪悪感を持たせてやろうと思って大げさに言ってやった。これくらいの意趣返しは許されるはずだ。

「……あとで氷をもってきてもらいます。陛下がお昼を一緒にとおっしゃってましたから、そろそろ起きて支度して下さい」

城中でその話がもちきりだそうだ。ド田舎から来た少年が終に国王を落としたのだと。


「あれ?じゃあ俺、捨てられないの?」

「……むしろ、一時間おきに様子を見に来ました。うなされてないか、と」

「……優しい王様だな」

姉上みたいだ、という言葉は飲み込む。

「……あの人はあなたにだけ優しいのだと思います」

様子を見に来るたび、ファロはショウタの頭を撫でていったのだそうだ。しかし、しっかりアオのことは牽制していったという。いくら幼馴染でも、ショウタに手を出したらぶった切ると。

「なんだ、それ」

何だか思っていたような恐皇というイメージと違う。


アオに手を貸してもらって起き上がると、呻きながらもなんとか褥から降りた。いつの間につけられたのか、赤い虫刺されのような跡が体中に散らばっている。濃厚な痕跡を覆い隠すように、何とか用意された服に着替え、髪を結いあげたときにちょうど食事時になった。

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