第8話

「悪い、こっから先はショウタ様だけだ」

アオが追い付いて、二人して湯殿から上がると、カインが待ち構えていた。白いタオル生地の単衣を着せられ、アオとは別行動だと告げられる。

「ショウタ殿……」

「心配要らないよ、アオ。また明日な」

不安そうなアオを一人にすることに胸が痛んだが、明日になれば会えるからと自分に言いきかせる。本当は自分がアオと居たかったのかもしれない、ということには気付かないフリをして。


長くて薄暗い廊下を、ひたすらカインに付いて行く。この特殊な状況下だと、石造りの廊下は更に冷たく見えた。その後ろを、更に近衛隊士が二人付いてくる。最上階の一番大きなドアの前、両脇を近衛兵が固めているところにたどり着くと、中に入るように促される。お互い無言だったが、何となくカインの言いたいことが分かるような気がした。「がんばれよ」って。

何だか緊張してしまい、湯あみをしたばかりなのに汗が出る。自分の心臓の音が聞こえてきそうな気がした。


「陛下、ショウタ様をお連れしました」

「入れ」

頑丈な鉄製のドアをガンガンとノックして、カインが声をかけると、すぐに返事が返ってくる。ファロ王はもうすでに部屋に戻っていたみたいだった。

カインは自分は部屋に入らずに、ドアだけ開けた。ショウタだけが入らなければならないらしい。

部屋を覗いてみると、意外にも簡素な寝室だった。天蓋付きのベッドは豪華な刺繍の施された寝具があるが、お茶を置ける程度のテーブルと椅子、ベッド脇の質素な引き出し程度しか家具がない。

明かりは足元がよく見えるように床に点在していたが、全体的に暗かった。

アルルの森も薄暗く、それこそ夜は何も見えなくなるのだが、初めて暗闇が怖いと思ってしまう。止まりそうになる脚を何度も叱咤激励して、ようやく部屋の中に進み出た。するとタイミング良く背後でドアが閉まる。雨が降っているわけでもないのに、湿度が高い時のように肌が汗ばんだ。


ゴソ、と何か衣擦れのような音がして、部屋の隅に視線を向けると、頭に黒いベールを被った男が二人、控えているのが目に入った。ショウタが見ていることに気づいても、その二人は何も言わないでじっとしている。

心臓が妙な予感に震えた。よく分からないが、嫌なことが起こりそうな気配に、首の後ろがちりちりする。

「あいつらは気にしなくていい。見届け人だ」

ショウタが気にしていることに気づいて、ファロが声をかけてきた。

「見届け人?」

「お前と俺が関係をもったかどうかの見届け人」

ぞくっと背筋が冷える。


「関係を……もったかって……」

言葉に詰まると、隣に立っていたファロに袖を引かれた。強い力に逆らえずに、ぽすっと腕の中に収まる。

「俺の子種が、ちゃんとお前の腹に入ったか確かめる」

耳元にそう吹き込まれて、大きな手で腹を撫でられた。

要するに、抱かれるのは王様の方ではなくて、こちらの方だったということだ。

温泉で黙秘権をつかわれたのはこのことだったのかもしれない。この場にはいない賢い幼馴染に恨みがつのる。

「……冗談、だろ」

「冗談ではない。ショウタ、お前が人質としての役割を果たしたか、あいつらが確認して初めて、アルルは自由になる」


その言葉にははっとした。

そうだ。自分はアルルが滅ぼされないために来たのではないか。

集会所で、女たちが言っていたのを思い出す。

記憶と共に、どこからか森の空気まで流れて来るような気がした。


――人質に行くって言い出したのは良かったけど、あの子本当に行くかしら?戦闘民族の土地なんて、怖くて逃げだすんじゃない?

――大丈夫よ、だってあの子、10年前に次期族長になるはずだったお姉さんを、死なせてしまったんだもの。あの子が逃げるはずがないわ。


そう、自分は逃げられない。みんなを幸せにするはずだった、姉を死なせた自分が。


「……ショウタ?」

急に黙り込んだのを心配して、ファロが顔を覗き込んで来た。

少なくとも今、自分が必要とされているなら、それに応えるべきではないか。

「ファロ、あんた、この国の人たちを、幸せにするのがお勤めなんだよな」

「……ん?そりゃあ、この国の王になったからな」

自分にはお似合いの結末ではないか。

「いいよ、……ファロさえよければ、抱いて」

もう迷いのかげはなかった。

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