第7話

王様に晩餐に呼ばれたのはいい。それは光栄なことだと思う。しかし大事なことを一つ忘れていた。


これ、どうやって使うんだろう。


アルルでは族長一家といえど、そんなに豪勢な食事をしているわけではない。定期的に村の家族を呼んで晩餐を開くこともあるが、基本的に食べているものは庶民と同じだ。

しかし今は、大人10人が囲めるような大きなテーブルに、見事な大皿が並んでいた。見たこともない、食べ方も分からないものが数多くある。

アルルで暮らしていたときは、食べ物を食べる時に箸を使っていた。しかしこの小さなナイフと、小さなモリのような物と、銀でできた匙はどうやって使うのか、イマイチ分からない。匙は恐らくスープを飲む用だろう。あとはどう頭を捻ってもさっぱりだった。

旅の最中は、手づかみか匙を使ってスープや粥を啜るくらいだった。

ちらちらとファロを盗み見てみると、モリで肉を押さえて、ナイフで切っている。なるほど、世界最強の戦闘民族は食べ物にも容赦をしないということか……。


「どうした?」

手間取っていることに気がついたのだろう。ファロ王は全然中身の減っていない皿をちらりと見てきた。

「ああ、えっと……アルルでは使ったことのない道具だったから」

「ああ、今日は正式な晩餐でもない。気を遣わなくていい」

気を遣わなくていいと言われたので、モリで肉を刺してそのまま噛み千切った。ファロとお付きの人は笑っていたけど、何だか楽しそうだったので気にしないことにする。


「美味いか?」

「おう」

ショウタのお付きのアオは後ろで控えていた。身分が違うので、一緒に食事をすることはないそうだ。アルルでは族長も気軽に一般の人と食事を共にするので、違和感を禁じ得ないが仕方ない。今ショウタは人質の身分に過ぎないのだ。

控えているアオは本当に遠慮なく食べるショウタに何か言いたげだった。どうせもっと上品にしろということだろうから、今の所は無視をしておく。


「うまかった。ご馳走様」

ファロと給仕にきちんと頭を下げると、ちょっと給仕のものが焦っていた。ファロは顔をしかめている。

「ショウタ、お前はここで俺以外の誰にも頭を下げなくていい」

かえって失礼にあたるのだろうか。異文化世界は難しい。おずおずとうなずくと、ファロが口角を僅かに上げて微笑んだ。

イケメンはどんな表情をしていても様になるが、笑うと余計に破壊力がある。思わず毒気を抜かれて何も言えなくなった。

「今日は疲れただろう。湯あみをして先に休んでおけ」

控えを呼びつけて、ファロ自ら支度を命じる。控えの者はそれにちょっと戸惑ったみたいだった。

陛下が優しい、と誰かがつぶやいた。まるで珍しいものでも見たみたいに。



案内された湯殿は、ショウタの想像と随分異なっていた。アルルでは夏の間、湖や川で水を浴び、冬の間は沸かしたお湯で体をふく。まれに遠出して、天然の温泉に行く事もある。しかし蝶国の湯殿には石造りの池のようなものがあり、そこにたっぷりと湯が張られていた。蝶国の執事たちが湯あみを手伝うというので、アオだけでいいと何とか断った。一緒にいられたら、きっと先程のようにアオと一緒に湯になんか入るなと言っただろう。


「ふい~。蝶国の湯って豪華だな~、アオ」

幼馴染みと二人だけになると、少し安心して緊張もほぐれる。体中に湯の熱さが染み渡り、初夏であっても、その熱さが心地よいと感じた。湯がじんわり体の疲れを癒していく。何だか病みつきになりそうな感覚だった。


「そんな呑気で大丈夫なんですか、ショウタ殿」

アオがやれやれとため息を吐いたので、何かまずいことでもあっただろうかと思い返してみる。

「え?何で?」

「先に休んどけってことは、あなたと一緒に休むつもりですよ、ファロ陛下」

ってことはファロ王と一緒の部屋なんだろうか。ということは一緒に寝るということか。一緒に寝るとはつまり……


「まじ?」

「まじです」

「俺経験も自信もないんだけど」

「あちらに経験も自信もあるから良いのではないですか」

そういう問題だろうか。いやしかし、自分はアルルで彼を幸せにすると決めたのである。予想以上に屈強な男かつ実は一般兵だと勘違いしていたというアクシデントはあったが、とにかく一年間片思い(?)した相手と一緒になれるというのは、据え膳を喜ぶべきだろうか。というか、男らしくむしろこちらから積極的にアプローチすべきなんだろうか。姉たちに聞き込んだアドバイス集を必死に思い出してみるが、特にこのピンチに該当するものはないような気がした。


「……まぁ、失う物は何もないと思ってポジティブに行くしか……っ!俺も男だし!」

自分の拙いテクニックでファロが満足するかは甚だ疑問だが、こうなった以上最善を尽くすしかない。アオはまだ何か言いたそうにしているが、結局溜息だけ吐き出した。

「つーよりアオ、お前ファロが国王だって気づいてただろ」

大広間にファロが現れたときも、アオは平然としていたし、一緒に晩餐を囲んだときも何食わぬ顔で控えていた。ということは、旅の途中のどこかの時点でとっくに正体に気づいていたのだろう。それを幼馴染かつ上司のショウタに言わないとは、何て奴だ。いつからそんなに太々しくなったのか。

「ご本人が身分を隠していらっしゃるのに、わたしが何か言えるわけないじゃないですか。それに、ショウタ殿に言ってしまったら、変に気を遣って旅路に支障が出そうでしたし」

幼馴染なだけあって、完全に性格を把握されている。感謝すべきところかもしれないが、何だか悔しい。アオは年下なのに、ずっとしっかりしている。

「え、じゃあもしかして、まだ俺に何か黙ってることあったりすんの?」

まだ知らせない方がいいと思うことがあれば、賢いアオは黙っているのだ。ということは、ひょっとしてまだ隠していることの一つや二つあるのかもしれない。

「……」

「ねえ、アオ!何か言えよ!怖いよ!」

「黙秘権を行使します」

それが上司に対する態度か。幼馴染みだとこういうとき遠慮がない。

ぶくぶく湯の中で文句を垂れていると、アオが眉根を寄せて首を振った。

「……ショウタ殿、あなたはいつもそうですね。自分のことなんか二の次で、誰かを幸せにしようとか、そればっかり考えて」

「どうしたんだよ、急に」


「……サツキ様のこと、気にしているのではないですか」


湯殿に、やけにアオの声が響いた。

何か言い返したいと思ったが、結局押し黙った。その名前を耳にするのが、あまりにも久しぶりだったから。聞くだけで、胸がきゅっと締め付けられるような気がしてしまう。


「私がショウタ殿についていくのを家族が了承したのは、私の家族も、私の兄も感じていたからです。ショウタ殿は、サツキ様のこと、今でも後悔して……」

「アオ、そろそろ出ようか」

皆まで言わせないで、湯から上がった。今、そんなことは聞きたくなかった。こんなときに、あの日のことを思い出したくなかった。

大好きな人を失ってしまった、悲しい日のことなんて。


「アオ、あの時のこと、後悔してないなんて言えないけどさ。別に姉上のことがあって、今回の決断をしたわけじゃない。それは、本当だから」

アオがまだ何か言おうとするのを遮るように、湯殿を後にした。今は、とにかく逃げてしまいたい。

胸の奥が、何だか熱かった。

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