第5話

「こちらのお召し物にお着替えください」

城壁内に到着したところで、カインたち一行とは別れた。代わりに宛がわれたのは城で働く使用人たちで、一目で蝶国人でないことは分かった。身長も体格もずっと小柄だし、目や肌の色も様々だ。白髪に碧眼でも、あまり悪目立ちしている感じがしない。

手渡されたのは、蝶国の着物だった。アルルの着物は蔦を織り込んだ目の粗い軽い着物で、上は袖がなく、下は踝までの長さがある。上下とも動きやすいように体に合わせて作られており、遊びの部分がほとんどなく、族長につらなる者であっても装飾はほとんどない。装飾のある着物を着るのは、もう木に上れない老人たちである。毎日木から木へと飛び回る生活をしているので、若者であれば服は月に一度作り直してしまう。


一方蝶国の服装は、蝶の一族と外国人の妻たちではかなり異なっていた。蝶の一族はいつでも戦えるように、普段着も正装も軍服だが、外国人の妻たちは丈も袖もゆったりした豪華な衣装である。膝まで届く長い羽織の下に、短めの長着を着る。ズボンはゆったりと少し膨らんだ形をしていて、かかとまでを覆っていた。着物の柄も装飾類も、アルルの民族衣装からしてみればかなり派手だった。すべての素材が絹のような、柔らかい繊細な生地で、運動には向いていない。

初めは外国から来た妻たちが謀反を起さないように、妻たちだけ動きにくい服装なのかと思っていたが、そうではなく、何でも「妻に売られた喧嘩は夫が買うから」らしい。ご近所さんの井戸端会議でも、ママ友との会話でも、全て揉め事は夫の腕力で決着をつける。世界最強の戦闘民族は喧嘩が大好きで、どんなに仲の良い間柄でも喧嘩で全て解決するのだ。しかしそれが彼らにとって一番収まりどころのいい結果に終わるようである。


着慣れたアルルの服を脱ぐときは、前向きな性格でもかなり寂しい思いがした。もうアルルの村人ではない、蝶国の人間なんだと突きつけられたような気がして、寂寥感が込み上げる。生涯で二度とアルルに帰れないわけでもないし、と自分に必死で言いきかせた。蝶国の服はかなり動きにくい作りだったので、装飾のいくつかは断った。

アオもアルルの簡素な服から、蝶国の宮仕え用の服に着替えていた。違う点と言えば、アオの着物は羽織がなく、袖とズボンの遊びが少ないといったところで、基本の造りは同じだった。


着替えたところで控室から謁見の間に移動した。アルルとは違い、壁も床もほとんど石造りかレンガである。謁見の間はアルルの集会所と同じくらい広く、壁にも絨毯にも美しい模様が描かれていた。

王様が腰かける正面の区画は一段高くなっており、美しい蝶のモチーフが背もたれになっている玉座が置かれている。長身の部族が座るにしても、かなり大きい。

案内の兵士について入室すると、既に国の重鎮と思しき長老たちや大臣格、近衛隊などは勢ぞろいしている。アルルの集会所とは違って、全員向かい合うように両端に起立していた。皆が皆かなり背が高いので、見降ろされているという圧迫感がある。

知らず知らず緊張していると、アオが「大丈夫、俺もいます」と囁いてくれた。アオには付いて来なくていい、アルルに残れと最後まで言っていたが、正直今はアオが居てくれて助かっている。今までの旅は少人数だったし、後半は気心が知れて楽しい旅だった。せめて一人くらい馴染みの顔があったら落ち着くのだが、知らない大勢の人間にぶしつけな視線を投げかけられると、それだけで気が滅入りそうになってしまう。


「陛下がご入室されます」

どこかしらからの号令で、兵士が一斉に片膝をついた。案内の兵士もそうしたので、自分もアオもつられて見様見真似に座った。兵士のような服装ではないので、両膝をつくしかない。頭を下げていると、一段上がった檀上に、カチャカチャと剣の音をさせながら数名が入ってくる気配がした。いよいよ世界最強の戦闘民族の王に謁見するのかと思うと、背中を冷たい汗が滑り降りる。


「面を上げよ」

ドカッと座る音がして、また側近の号令がかかる。今度は全員が先程のようにすくっ立ち上がる。慌てて立ち上がろうとしたが、何せ着慣れない服である。引っかかって倒れないように、慎重にならざるを得なかった。もたもたと起き上がると、玉座に腰掛ける蝶国の王と目が合う。

「え、なんで……」

誰も答を返してくれない声は、冷たい石の床に吸い込まれて消えていった。

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