第4話

「ここが……蝶国?」

蝶国に近付くにつれ、段々と馬車の揺れが少なくなり、木や草むらの数が減っていった。また、点在する村の規模も大きく洗練された所が増え、人通りなどが明らかに多くなっていた。しかし王都に入ると、それらの村でさえ取るに足らなかったのだと知る。土の代わりに舗装された石造りの道路が増え、木造建築はレンガや石造りのものに変わって行った。

想像以上の人だ。しかも行きかう人々は皆蝶の一族ともあって長身なので、迫力が違う。蝶の一族の平均身長は2mだそうで、そんなのが道いっぱいに行き来しているのは圧巻だった。小柄でかなり背が低いのは、子どもを除けば外国から来た「お嫁さんたち」ということになる。聞けば蝶国全体の人口は300万だという。アルルは村全体で1500人くらいなので、数字を聞いてもピンとこなかったが、視界にいつも人がいるというのは新鮮な経験だった。しかも男しかいない。


どうしてこんなにも外国から男を集められるかと言えば、旅して口説き落としたり、蝶の一族と結婚したくて見合いに来たり、近隣の国の美人をかっさらったりと色々あるらしい。お嫁さんを手に入れ、子どもを設けることも、成人男性のステータスの一つだそうだ。蝶国の家は全てがレンガか石造りで、アルルのような木造は一つもない。道路わきには露店が所せましと並んでいて、今までに見たこともないような古今東西の品々がたくさん売られていた。


アルルを出て十日。今では兵士たちともすっかり打ち解けた。それでも知らない街に来るのは何となく不安で、窓を半分閉める。

アルルとは似ても似つかない賑やかな街並みに、いよいよ引き返せないところまで来たのだという実感がじわじわと湧いた。

「俺、もし王様に気に入られなかったどうなるんだろうな」

ガタガタ走る馬車の中の、ぼんやりとした呟きも、アオにはきちんと聞こえていた。

「それなりの貴族の中から、次の嫁ぎ先を紹介してもらえるらしいですよ。蝶の国は常に嫁不足なので、アルルに帰れるという選択肢はないそうですが」

「……そっか。でも王様に嫁ぐよりは、気軽に里帰りできるかもしれないな」

無意識にアルルの方角を眺めてしまう。柄にもなく感傷的になりかけた。

「……ここまで来た事を後悔しているか?」

早くも帰りたいと思っているのだろうかと不安そうになったファロに、首を振って安心させるように微笑んだ。

「後悔はしてないよ。一年かけて、この日が来るって心の準備をしてきたんだ。ただ、ちょっと寂しくなっただけ」

「……皇帝に世継ぎが生まれれば、きっと里帰りが許される」

ファロなりに励まそうとしているらしい。その言葉に頷きながら、もしかしたらそうならないかもしれないという可能性はよぎる。

だが、今更帰りたいとは思わない。かつて姉と約束したように、自分は人の幸せも守りつつ、自分も幸せになるのだと決めている。この国で自分らしく生きることが、姉の約束を守ることになるような気がした。

だから天国の姉上、少し勇気を俺にください。

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