第72話
げしっとグルスを蹴り落とす。だんだんと扱いが雑になっていることに、グルスの動きを掌握していることに戦慄を覚える。
「結果より過程っていうきれいごとがある。過程より結果っていう、ひねくれ者の好きな言葉がある。でもボクはこう思う。過程は結果の、その感想を高める。悩めば悩むほど、上手くいった時の喜びは大きいし。上手くいかなかった時のショックも大きい。でもそれだけ、きっと君は成長する。失敗も成功も自分のせいっていうのは、大事さ。こと、君にとってはね」
「私が……悩んでいない、と?」
「そゆこと。恋をしたのなら、大いに悩みな」
以前に、同じ家系の者から言われた言葉と同じ語り口で。
この人は、全く違う観点を語る。
「何も分からない相手がどんな人なのか。君はそんな相手にとっての何になりたいのか。大いに惑いなよ」
「……」
「せいぜい彼を見つけるまでの数分間を迷ってみな。ボクの方は気にしなくていいから」
「……はい。分かりました。いいえ、よく分かりませんけど、分かるように頑張ります……あ、でも。ちょっと待って下さい。せめてこの子は……」
陸前は後ろを振り向いた。さっきまで守っていた男の子を届けるだけでも、と思ったのだが、
「あれ」
逃げてしまったのか。男の子は何時の間にかいなくなっていた。
「この子? 誰かいたの? ボクは全く見てないけど」
「逃げちゃったみたいですね」
「ま、そんなもんさ。誰もが勇者であることを期待はしないよ。ましてや子供、身勝手なもんさ」
逃げたと考えるのが妥当であろう。しかし、陸前は妙な違和感を感じていた。
「後顧の憂いも断てたようで何より。じゃ、せいぜい頑張りな。野暮な大人は大人同士で遊んでいるから」
陸前は一瞬頭を下げ、そしてすぐに駆け出す。それに伴って、グルスも反応した。
「逃がすか」
「それを決めるのは君じゃない」
浮上しかけたグルス。その虚ろな実体を、百目鬼は蓋を閉めるように掴み、自らの元に引き寄せる。
貴様が上に昇るなら、自分は其れを地に叩き落す。
貴様が下に沈むなら、自分は其れを地に引きずり戻す。
貴様は地から逃がさない。
地獄であり、極楽であり、現世である。混沌の双眸は、何処へ行こうが決して逃がさない。
「三人寄れば文殊の知恵とはいう。数千もの意志を束ねている君だ、君の中で話し合いでもしてみれば少しは天才にも対抗出来るかも知れないよ」
百目鬼 月日星。異名・「天蓋の眼」。
「――そしてその知恵を上回るから、天才と呼ばれるんだけどね」
グルスは百の目で、己の総てを観察されている錯覚に陥っていた。
兼代 鉄矢の居場所を探す。授業の音しか聞こえない閑静な校舎の中、それは実際容易いことだった。
兼代がこっちを探していれば、階段を上り下りする音が聞こえるはず。今、静寂が保たれているということは、兼代はまだあの場所から動いていない――拘束されているという線が強いことになる。
「……」
4階の床を踏みしめる。荒れた息を整えて、周りを見回した。
未だに、自分は暗夜行路の上にいた。トイレの場所が分からない。
だが、確かにあるその場所を探す方法は、昇っている最中に触れていた手すりを通して思いついた。
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